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zoom RSS 袖触れ合うも多生の縁241 〜お盆の七墓巡りって知ってます!? 八墓村やないですよ!〜

<<   作成日時 : 2017/08/12 08:08   >>

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画像画像江戸時代から明治の始め頃まで諸霊供養のために鉦(かね)や太鼓をたたきながら、夜を徹して念仏回向して廻る「七墓(ななはか)巡り」というものがあったそうです。大阪市史には、梅田・浜・葭原(よしわら)・蒲生(がもう)・小橋(おばせ)・飛田・千日の七墓が大坂七墓(上の絵図と下の上の地図)と書かれていますが、明治に入り殆どの墓地は移転してしまい、現在は何処にあったのかも不明です。又、河内の七墓を詣でる河内七墓巡りというのもあり、こちらは現在も所在が確認されています。この河内七墓(かわちななはか)は奈良時代、行基によりに河内国(現在の大阪府東部)に開かれたそうで、行基菩薩河内七墓とも言われていて、大阪府東大阪市の長瀬有馬、岩田、額田と八尾市の神立、垣内、恩智神宮寺、植松晒の7箇所の共同墓地が河内七墓(右の絵図と下の下の図)です。
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河内七墓の所在地をもう少し詳しく見てみると・・・
画像長瀬有馬墓地の墓地内にある阿弥陀院に鎌倉時代の作と伝えられる阿弥陀如来座像が安置されていて東大阪市文化財に指定されています。又融通念仏宗中興の祖である法明上人有馬御廟があり、毎年8月20日に「墓市」が行われ、墓地前の道路に露店が出て賑わうとか。 所在地は東大阪市長瀬町2丁目です。

画像岩田墓地の墓地内には行基菩薩像が安置されていて、毎年8月11日に「墓市」が行われ、露店が出て賑わうとか。 所在地は東大阪市岩田町5丁目です。





画像額田墓地の所在地は東大阪市南荘町7丁目です。








画像神立(こうだち)墓地のすぐ西には愛宕塚(あたごづか)古墳があり、所在地は八尾市神立4丁目です。







画像垣内墓地の所在地は八尾市垣内5丁目です。








画像恩智神宮寺墓地は現在の来迎寺墓地(神宮寺墓地ともいう)です。但し、恩智神社近くにある神宮寺観音院とは無関係ですが、八尾市大窪にある来迎寺とは関係があったとされています。南は柏原市に接し、所在地は八尾市大字神宮寺です。


画像植松晒墓地は八尾街道と旧奈良街道の交点の東に位置し、墓地の由来碑文と行基菩薩の墓があり、所在地は八尾市相生町4丁目です。





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上の写真は河内七墓を開いた行基菩薩のお姿ですが、行基菩薩のお力のせいか、盆の14日に河内七墓参りをすると、家族や親戚縁者達に迷惑を掛けずぼっくりと極楽往生出来るとの言い伝えがあり、人々は集いお盆に七墓参りをし、先祖供養だけでなく無縁仏にも詣でる風習があったのです。
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ご覧のように近松の浄瑠璃にも書かれています。ま、それは兎も角、私も今年のお盆には河内七墓ツアーをしてみようかな。いえ、別にぽっくりと極楽往生したいからじゃありませんけどね。

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