袖振れ合うも多生の縁403~白石加代子さんと高畑充希さんのギリシャ悲劇エレクトラ!~

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ここ2週、白石加代子さんがらみですが、今回も白石さん関連です。上の写真、左は白石さんですが、右は高畑充希(たかはたみつき)さんです。高畑さんのプロフィールは、Wikipediaによりますと・・・

会社経営の父と母、祖父母の五人家族の一人っ子として育ち、舞台鑑賞が好きな両親の影響を受けて小学生の頃より舞台女優を志す。幼い頃から『オペラ座の怪人』や蜷川幸雄作品に親しみ、同級生がアイドルやJポップの歌を聴く中、『レ・ミゼラブル』などのミュージカルのサントラを好んで聴いていた。小学校から中学校までの間に舞台や芸能事務所のオーディションを十数回も受けて全て落ちていた。数々のオーディションを受ける一方で、受からなかった時には早稲田大学の演劇研究会に入ろうと、小学校低学年から塾に通って猛勉強し、中高一貫の進学校にと進んだ

2005年、中学在学中にホリプロが創業45年を記念して主催する『山口百恵トリビュートミュージカル プレイバック part2 〜屋上の天使』の出演者オーディションで9621人の応募者から主演の座を獲得し、シンデレラガールとして女優デビューを果たした

2007年に東京の高校に進学し、本格的に女優活動を開始。2007年から2012年まで6年間にわたってミュージカル『ピーターパン』で8代目ピーターパン役を務め、2009年には「奇跡の人」ヘレン・ケラー役で主演!

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ワタシは高畑充希さんが「ピーター・パン」や「奇跡の人」をやってたなんて、全く知りませんでした。ワタシが彼女に注目したのは、昨年1月のTBSドラマ「メゾン・ド・ポリス」で、その次は、同年秋の日テレドラマ「同期のサクラ」でした。

「メゾン・ド・ポリス」は、主人公の新人刑事・牧野ひより(高畑充希)が、超豪華“おじさま”俳優たちの演ずる退職警察官達だけが住むシェアハウスを訪れ、何やらワケありの5人のおじさま、西島秀俊・小日向文世・野口五郎・角野卓造・近藤正臣たちに振り回されながら事件を解決していくという一話完結の刑事ドラマなのです。

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ワタシがこのTBSドラマ「メゾン・ド・ポリス」に注目した訳は、ドラマ初主演(?)の若手女優の回りに芸能界の酸いも甘いも噛み分けた超ベテラン重鎮俳優さん達を配し、盛り立て且つ支えるという、キャスティングの妙に感心したからです。

そして、おじさま達は娘か孫ともいえる充希ちゃんを暖かな眼差しで包み、時に厳しく時に優しく接している様と、そんなおじさま達を敬いつつもめげず緊張しながらもぶつかっていく高畑さんが微笑ましく、とても好感がもてたのです。

それから日テレドラマ「同期のサクラ」は、高畑充希さん主演、橋本愛・新田真剣佑・竜星涼・岡山天音さん達が出演。

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両親を失ったことがきっかけで、故郷の離島に橋をかけることを夢見て花村建設に入社した“忖度できない”主人公・サクラを高畑さんが演じ、新卒入社のサクラとその同期たちのおよそ10年にわたる物語なのですが、忖度出来なさすぎる頑なな人物を演じる高畑さんは、おじさま達に取り囲まれた「メゾン・・・」の伸びやかさから一変し、同じ世代の俳優たちとの衝突を直線的且つ角立った演技でカクカクと演じていたので、対照の妙というか、ふむふむ、なかなかやるな!と感心し見入っていたのであります。

そして「サワコの朝」(MBS・TBS系)に彼女が出演したのを見たのですが、舞台「エレクトラ」で高畑さんと共演した白石加代子さんが彼女の素顔を語っていたのです。Webマガジン「COCONUTS」からシェアさせて頂きますと・・・

高畑さんは10代の頃から白石加代子さんを尊敬し、共演を熱望していたのです。その夢は2017年に上演された舞台「エレクトラ」で実現。白石さんが高畑さんにメッセージを寄せます。

当時を振り返った白石さんは、「ギリシャ悲劇って強い女が出てくるの。そのあまりの強さにね、手も足も出なくる役者もいると思うんですよね。『充希ちゃんにはどうかなぁ』とは思ったけど」と、共演は不安な気持ちもあったとのこと。

けれども、白石さんは「いざご一緒してみたら、すごいの! すごい力なの! エナジーって言うかね、体の中にね、マグマのようなものを持ってる方なのよね」と、高畑さんの鬼気迫る演技を絶賛。

舞台では高畑さんと憎み合う親子を演じた白石さんは、互いを責め合うシーンで、呼吸のタイミングが難しいとコメント。

その上で白石さんは、「そのことが(高畑さんは)できていたから、ちょっと驚かされたの。溜め込む呼吸というのがマグマ。マグマというか、エナジーがあれば、『その呼吸はここまで持たせなきゃ、ここまで喋るまで息できない』とかっていうようなことが…。私を凌ぐぐらいの力で押してくるっていうのは、やっぱりすごいなと思いましたよ」と、高畑さんの演技に感心したことを明かします。

ワタシも「サワコの朝」でインサートされたワンシーンを見たのですが、見た瞬間に彼女のマグマのすざまじさに完全に圧倒されました! いゃーあ、カノジョ、こらほんまもんやわ!!再演されるなら、是非是非、是非とも、ゼッタイ見たい、見たいものであります。そんな想いから、ステージナタリーHPにダイジェストされていた記事を読みあさり、シェアさせて貰いました。

「エレクトラ」ゲネプロより、左から高畑充希演じるエレクトラ、白石加代子演じるクリュタイメストラ。

「エレクトラ」ゲネプロより、左から高畑充希演じるエレクトラ、白石加代子演じるクリュタイメストラ。

「エレクトラ」ゲネプロより、村上虹郎演じるオレステス(奥)、高畑充希演じるエレクトラ(前)。

「エレクトラ」ゲネプロより、村上虹郎演じるオレステス(奥)、高畑充希演じるエレクトラ(前)。

1幕で描かれるのは、アガメムノンの死をはじめとするアトレウス家の悲劇について。父を殺害されたエレクトラは母・クリュタイメストラへの憎悪を募らせ、一方のクリュタイメストラは、アガメムノンの死や弟・オレステスに対するエレクトラの異常な執着に嫌悪をあらわにする。ここでは、狂気を孕んだ母と娘のぶつかり合いを白石と高畑が熱演。今回が4度目のクリュタイメストラ役となる白石に、ギリシャ悲劇初挑戦の高畑は、息もつかせぬ長ゼリフと鋭い眼差しで果敢に挑む。また母殺しに手を染めてしまったオレステスの葛藤を、岩松了作・演出「シブヤから遠く離れて」での好演が記憶に新しい村上が、丁寧に表現。そして高畑と村上の2人が紡ぎ出す、複雑な縁で結ばれたエレクトラとオレステスの関係性にも注目したい。

「エレクトラ」ゲネプロより、中嶋朋子演じるイピゲネイア。

「エレクトラ」ゲネプロより、中嶋朋子演じるイピゲネイア。

2幕には、トロイア戦争を終結させるために、オリュンポスの神・アルテミスの生贄となったイピゲネイアが登場。アガメムノン役の麿は、このシーンで登場するトアス王のほか、オリュンポスの神・アポロン、オレステスの従者の老人の4役を見事に演じ分け、中嶋は過酷な運命を背負ったイピゲネイアを力強く演じ切った。また舞台上に漂う不穏な空気を巧みに表現する、生バンドの演奏も本作の見どころとなっている。

「エレクトラ」ゲネプロより。

「エレクトラ」ゲネプロより。

上演にあたって高畑は「不安だらけのスタートでしたが、いつもあたたかく受け止めてくださる大好きな白石さんをはじめとする先輩方。そして一緒に闘ってくれる若手チーム。それを、気づけばまとめあげちゃっている鵜山さん。心強い味方の中でこのチャレンジに挑めることを、とても幸せに思います。がんばります」と意気込み、白石は「今回は相手役が充希ちゃんで、これまで共演したどのエレクトラよりも若い分、私も母親の柔らかい部分を出せたらと考えています」とコメント。「そしてしっかりと充希ちゃんと向き合って、いいものをたくさん盗みたい! とも思っています」と共演者の高畑への思いを語った。

「エレクトラ」ゲネプロより、高畑充希演じるエレクトラ。

「エレクトラ」ゲネプロより、高畑充希演じるエレクトラ。

高畑充希コメント

わたしにとっては初の古典! 最初に台本をいただいた時は、あまりの台詞量に目がチカチカ、頭がクラクラしました。
不安だらけのスタートでしたが、いつもあたたかく受け止めてくださる大好きな白石さんをはじめとする先輩方。そして一緒に闘ってくれる若手チーム。それを、気づけばまとめあげちゃっている演出の鵜山さん。心強い味方の中でこのチャレンジに挑めることを、とても幸せに思います。がんばります。

「エレクトラ」ゲネプロより、白石加代子演じるクリュタイメストラ。

「エレクトラ」ゲネプロより、白石加代子演じるクリュタイメストラ。

白石加代子コメント

クリュタイメストラを演じるのは、これで4度目。私にとっては本当に大切な役のひとつです。今回は相手役が充希ちゃんで、これまで共演したどのエレクトラよりも若い分、私も母親の柔らかい部分を出せたらと考えています。そしてしっかりと充希ちゃんと向き合って、いいものをたくさん盗みたい! とも思っています。

大先輩の白石加代子さんから、「いいものをたくさん盗みたい!」と言わしめる高畑充希さんて、只者やないですよ!
そうそう、彼女は2019年春に、舞台「奇跡の人」のサリヴァン先生を演っているんです。ヘレン・ケラーとサリヴァン先生、どちらもやっている女優さんなんていないんじゃないですか?

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処で、ワタシは昔、サリヴァン先生とヘレン・ケラーの舞台脚本を執筆し、劇団アカデミーで上演されたことがあるのですが、先日ヘレン・ケラーはスピリチュアルな、精神世界の開拓者、第一人者であったスゥエーデンボルグを信奉していたという事を知ったのです!!!
えー、それ知ってたら、もっと違う本が書けてたのに・・・! 今更しゃあないか・・・でも、スピリチュアルなヘレンケラーについて触れたくて、次回に取り上げさせて頂く次第です。

あ、高畑さん、今年の5・6月、帝国劇場で「ミス・サイゴン」のキム役(写真下)をやるはずだったのに、コロナで中止になりました。

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残念だったでしょうね。でも、充希さん、照る日も曇る日も雨降りの日もあるでしょうから、名前のように、望を掲げ電され続けることを祈っております。ではでは。

袖触れ合うも多生の縁402~お蔵入りの企画『贋作・白石加代子傳~百話語ると漆黒の闇に包まれ物の怪が!?~』は関西No1女優古田里美さんの一人芝居なのです。(Ⅱ)~

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前回に引き続き、関西No1女優さんとワタシが一押しする古田里美さんの一人芝居の企画『贋作・白石加代子傳』について少し蘊蓄を傾けたいと思います。
処で古田さんは、ワタシが<BAT>なる演劇プロデュース集団をやっていました頃出演して頂き、この方ともう一度是非ご一緒したい!と強く願ってました。古田さんに出演して貰った作品は、夢幻太閤記 『あの世のことは夢のまた夢』で、彼女は秀吉の正妻寧々役でした。

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この作品の台本を書いた私としては、寧々は他の役に比べて見せ所が少な目で、充分描き切ったとは言えず不本意でした。しかし立ち稽古を見た時、古田さんの寧々に感動したのです。台詞もなくト書きも何も書いていない処で、そっと秀吉に寄り添い秀吉を思いやる様が寧々そのものでした。その日の稽古が終わるのを待ちかね稽古半ばの小休止の時、「古田さん、寧々を台本より良い役に膨らませてくれてホンマにほんまに有り難う!」と声を掛けました。感謝せずにはお礼を言わずにはいられなかったのです。それが彼女のお芝居の第一印象でした。稽古が終わってスタッフと呑んでると、その場にいたスタッフみんなが、「古田さんてスゴイで!」「オレ、又あの人と芝居やりたい!」等と口々に褒めそやしていました。私はさもありなん!と心密かに嬉しく思った次第です。

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舞台写真が手元になく、稽古場風景しかお見せできないのですが、あれからもう5年も経っているのですね。あれからずっと、彼女が出演されている舞台の殆どを観てきました。そしていつの頃だったか、彼女がレギュラー出演されている真紅組のブログで、こう書かれていたのです。

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古田が選んだ『人生この先これだけはしたい!こと』、それは『白石加代子さんと共演したーい!』ですっっっ!!
【百物語】の公演で有名な、ワタクシが敬愛する舞台女優さんですが、実は白石さんとは一度だけお会いしたコトがあるんです!2002年7月に某劇場にて朗読公演をなさった際に、楽屋口で出待ちをし写真を一緒に撮ってもらったんです。
おまけに、パンフレットにサインもしてもらったんですが…何と!その時の会話がコレッッ↓↓
白石さん 「お芝居してらっしゃるの?」
古田「は、はいっっ!」
白石さん「そう、やっぱりね。頑張ってね♪」
古田「が、が、頑張りますっっっ!!!」
あぁ、この時の、ワタクシのキモチを、どぅ表せばいいのか……。

これを目にしたワタシは、「ほな、白石加代子さんと共演できる舞台を考えてみるか!」と思い立ったのですが、ある程度の構想はあったものの、キチンとした企画にまとめるには至っていなくて、いつの間にか、ワタシのアタマの中でお蔵入りしてしまっていました。
でも、このコロナパンデミックで、演劇の灯火が消えそうな今日この頃、ふと消えかけた想いが蘇ってきたのです!

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企画の概要をアットランダム、思いつくままに書かせて頂きますと・・・

白石加代子さんの生誕から今日に至る迄、80年の長きに及ぶ人生模様に於ける怪奇的現象を虚実ない交ぜにし贋作・白石加代子傳を100話に仕立てあげ、5夜にわたり語り続けるというのが基本骨子で、1夜平均20話、1話は最短1分、最長10分位の怪談噺を、白石加代子かくやと思わせる怪優古田里美が、長年の芝居経験で蓄えた膨大な引き出しを縦横無尽に駆使し創造し、次から次へ目まぐるしく蕩々と語り続け、或いは重く固く黙し、時に俊敏に時にけだるく超人的に躍動し、汗を涙をほとばしらせ舞台狭しと狂気的熱情を以て一人芝居を繰り広げるのであります!

そして5夜目の大詰め、100話を語り終えると漆黒の闇が舞台を客席を会場全体を覆い尽くし、不気味な異界の音曲にいざなわれ物の怪が、白石加代子の生き霊が出現!
古田里美が古田自身と白石加代子の生き霊を一人二役で演じていると、何と何と天界を思わせる底抜けはちゃめちゃな音曲とともに、サプライズ的に白石加代子ご本人が登場し、古田と暫し共演するという趣向であります!

さて、白石加代子さんは言わずと知れた<狂気女優>として空前絶後の超人気俳優となられたのですが、早稲田小劇場での『金色夜叉』に於けるお宮の狂乱や『少女仮面』の狂女で評判となり、更に『劇的なるものをめぐってⅡ』(写真下)にて、極めつけの地位を確立されたのです。

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ですから、100話の中心になる譚は『劇的なるものをめぐってⅡ』のエピソード(秘話や裏話)を構成し、創作すれば・・・と思っております。
因みに、『劇的なるものをめぐってⅡ』は全十場からなり、下記作品から引用構成されています。
第一場 ベケット作『ゴドーを待ちながら』
第二場 鶴屋南北作『桜姫東文章』<岩淵庵室の場>
第三場 ベケット作『ゴドーを待ちながら』
第四場 鶴屋南北作『隅田川花御所染』<妙亀庵の場>
第五場 泉鏡花作『湯島の境内』
第六場 泉鏡花作『化銀杏』
第七場 都はるみの歌『さらばでござんす』
第八場 鶴屋南北作『隅田川花御所染』<妙亀庵の場>
第九場 岡潔作『日本人のこころ』
第十場 鶴屋南北作『阿国御前化粧鏡』<元興寺の場>と森進一の歌『女のためいき』

処で、劇的なるものをめぐってⅡ』の作・演出をなさった鈴木忠志さんは、SCOTのHPで、次のように書かれています。

“狂気女優”出刃包丁のアクシデント
<出刃包丁が彼女のノド元へ走った。その瞬間、眉間につっと赤い線が一本。と思う間に血が鼻筋を伝わってスーッと垂れる。彼女はケタタマしい笑い声を立て、さりげなく横を向いて血をぬぐった―まさに名人芸と思われたが、さらに血が流れ出して、初めて客は事故と知り、ギョッ! 公演初日に起ったアクシデントである。
 この“血の主役”を演じたのは白石加代子、3年前まで都内の区役所の事務員だったが、一念発起して女優志願、たちまち“狂気女優”のレッテルを貼られた。能面のような無表情から、ガッと顔をゆがめて黒目を寄せ、髪を振り乱して男をのろう。かと思うと、タクワンをむさぼり食って、パッと吐き出す。小屋が揺れるほどのたうち回った末、突然放心したように笑い出す。その形相や仕ぐさは、まさに異常。あまりのすさまじさに気の弱い客は震え出す始末だった。


更なる狂気芝居は『身毒丸(しんとくまる)』、元々は寺山修司さんがアングラ劇団「天井桟敷」で公演した作品で、のちに蜷川幸雄さんがが武田真治と白石加代子で改めて舞台にかけ、その後オーディションで選ばれた15歳の藤原竜也クンが演じ、天才新人俳優として一躍名前を知らしめたのです。

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死んだ母親を慕い続ける息子の身毒(しんとく)と、父親が後妻として母を売る店で買い求めた母親の撫子(でしこ)。家という格式が大事にされた昔の日本社会の中で、父親・息子・義理の母親・その連れ子という奇妙な家族はうわべは良くみえても次第に破綻して行きます。憎しみあい、拒絶しあう母親と息子は、次第に狂気の世界へ向かい、撫子は身毒の目を潰し、身毒は母親の連れ子を殺し、そのため父親は狂ってしまい、残された二人が向かう先には愛情と憎しみが混じり合う混沌の世界が.....。

そしてそして、比較的新しい舞台では、ギリシャ悲劇の『エレクトラ』でしよう。

“エレクトラコンプレックス”(女児が父親に対して強い独占欲的な愛情を抱き、母親に対して強い対抗意識を燃やす状態)という語源にもなるほど、古来から強い強烈を残してきたギリシャ悲劇で、母クリュタイメストラ(白石加代子)と母の情夫アイギストス(横田栄司)に、愛する父王アガメムノン(麿赤兒)を殺されたことを嘆き、エレクトラ(高畑充希)は復讐に情熱を燃やします。「私が最も憎んだ人 私が最も愛した人」とチラシに記されている様に、母と娘の壮絶なバトルが繰り広げられるのです!

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このような壮烈としか言いようのない舞台に生きる白石さんには、さぞかし隠された鬼気迫るエピソードの数々か・・・! それを漏れなくつぶさに掬い上げ並べ立てることを想うと快感が迸り、興味津々果てしなく尽きることなしでありましょう!

こんな狂気女優の反面、白石さんは46歳の晩婚ながら、今も旦那様さまのことを惚気る可愛いおんななのです。
Agura 2005年5月号によりますと・・・

早稲田小劇場はものすごくストイックな劇団で、恋愛はご法度だったんです(笑)。それでみんな水面下でそういう関係になっていたような……禁じられると、なおさらそうなるでしょ」
劇団を背負う立場だった白石さんにとっては、恋愛はいつも二の次だった。だが、40歳を過ぎたあたりから、とても“枯れてやせている”自分に気づく。
劇団の本拠地は富山県・利賀村。しかも、全国のみならず世界各地を飛び回っていたため、東京の住まいには荷物を積み替えに帰るだけの生活。親兄弟からも離れ、日常生活では余分なものがどんどん削ぎ落とされていた。
折しも、ギリシャ悲劇など、様式的な芝居をやっていた頃。歌舞伎よりも能のようだったというその舞台で、猥雑なものを徐々に削ぎ落としていった末に見たものは、猥雑な日常生活から受け取る豊かさをまったくもたない自分の姿だった。
「日常生活のなかからもらえるものも、きっとあるはず。あるときを境にそう思い始めたんです。それで、結婚もしてみたいなぁって思うようになったんですよ」
そんなとき偶然再会したのが、元劇団仲間の深尾誼氏だった。
もともと劇団にいたときから最も仲の良かった人。だが、深尾氏が退団してからはお互い一度も顔を合わせることなく、10年の歳月が流れていた。「まるで神様のお導きのようだった」と、白石さんは当時を振り返る。そして、再会の一年後、結婚。46歳だった。
「年齢的にも今しかないっていう感じでした。それに、結婚生活からいろんな滋養をいただきたいと思って踏み切ったんです」
「私が先に、彼をとっても好きなんだと思います」
照れ笑いしながら、それでも深尾氏について包み隠さず話す白石さんは、実に初々しく、艶やかで女らしい。
深尾氏と結婚したことを「方々で宝くじに当たったと言っているの」という言葉のとおり、結婚後13年経った今も、堂々と惚気る。

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白石加代子さんの狂気女優的側面だけでなく、女性としての優しさ、可愛さなど、虚実取り混ぜ100話に仕立て上げ、古田さんの女優としての持てる総ての力を、溢れる魅力を存分に発揮して貰おうという舞台企画なのです。
今書いたのはメモ程度の内容ですが、一人芝居は稽古中、密になることはありませんし、この企画がコロナパンデミックで瀕死状態の関西演劇界を蘇らせる一助となるかどうかは不明ですが、どなたかこの企画を立ち上げてやろうというご奇特な方はいらっしゃいませんでしょうか!?
いつか必ず、そんな救世主のような御仁が顕れて下さると信じて・・・。

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袖振れ合うも多生の縁401~ お蔵入りの企画『贋作・白石加代子傳~百話語ると漆黒の闇に包まれ物の怪が!?』は関西No1女優、古田里美さんの一人芝居なのです。(Ⅰ) ~

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ご覧の写真は、白石加代子百物語「五郎八航空」のワンシーンですが、コロナ騒動でのステイホームを余儀なくされていた春頃、「少しでも皆様のお慰めになれば」との白石さんのご厚意で舞台映像が無料配信されているのです。
ワタシも早速観ましたが、いや無条件に面白い!!!
という訳で、白石加代子さん絡み、というか、関西NO1女優とワタシが信じてやまない古田里美さん(写真下)の舞台企画がお蔵入りになっていたのを思い出し、取り上げさせて頂く次第です。

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さて、白石さんの百物語は1992年に始まり、2014年に99話を以てファイナルを迎えたのです。
ですが、「九十九話を語り終えて、当初は肩の荷がおりて、すっきりしたのだけれど、時を経て次第に、まるで愛を失ったかのような想いに襲われたの」と白石さんがコメントされているからか、アンコール公演が始まったのです。このアンコール公演の作品は、制作会社メジャーリーグのHPによりますと・・・

○夢枕獏 作「ちょうちんが割れた話」
「百物語」は、この話から始まった。真っ暗な中から声。その声は舞台を右に左にと動いている。お盆の日、「おばさんが来てるよ」と孫が言う。そんな馬鹿なとみんな笑う。すると、ちょうちんがバカリと割れる。灯りがつき、白石加代子、ああ、怖い。

○筒井康隆 作「如菩薩団」
「百物語」の最多登場が筒井康隆である。そしてこの第一夜に登場した「如菩薩団」が、まさにそれからの「百物語」の方向を決定づけた。つましい生活を強いられている団地の主婦たちが、連れ立って高級住宅街にやってきた。なんのために。品のいいインテリの彼女たちは、世間を騒がせている女盗賊団だったのだ。その家には超セレブの若い奥様と田舎出の超下品な女中がいた。つつましく丁寧なやり取りで行われる、極悪非道の殺人、盗んだのは野菜や肉といった食料品と、財布にあったわずかな小銭。まさにこれぞブラックユーモアの極み。笑って笑って、ぞっとする。
○半村良 作「箪笥」

「百物語」の第一の人気演目といえば、文句なしにこの「箪笥」である。舞台の上のにこやかな白石加代子が、体をふっとゆらすとあっという間に老婆になって能登弁で語り始める。すると、お客はたちまちその不思議な世界へと連れ去られ、息もできずに聞き入っている。カタン、カタン、カタン、それは箪笥を運ぶ音。カタン、カタン、カタン、という擬音に導かれ、家族のだれもが箪笥の上で眠るようになる。「これは日本版の吸血鬼の話なんです」と鴨下信一。「だから、箪笥は吸血鬼の入るお棺なんです」。家族のみんながその箪笥の上。恐怖に耐えられなくなった家の主は、逃げ出してしまう。それから・・・この話は一体、どこへたどり着くのか。この話はどうしてこんなにドキドキさせられるのだろうか。
この3作が第1夜に演じられたのですが、ほな、他の96話はどんな物語が繰り広げられたのか、一寸調べてみました。以下の記録は、覆面演劇ファン・まねきねこさんの個人HPをシェアさせて貰ったものです。(但し要約させて頂いております。又まねきねこさんは、第一夜、第二夜はご覧になっていないのか、第三夜からのリストになっていますし、演目が書かれているのは第七夜からです)

1992/08/02 百物語第三夜 岩波ホール
1993/01/16 百物語第四夜 岩波ホール
1993/02/21 百物語第五夜 岩波ホール
1993/03/28 百物語第六夜 岩波ホール

1993/07/24 百物語第七夜 岩波ホール
歌舞伎の戯作でも知られた岡本綺堂を2作。武家屋敷の怪異を描いた短編「父の怪談」と、影を踏まれることを恐れる娘のお話し「影を踏まれた女」。後半は、橘外男「蒲団」。下半身が血みどろの美女の幽霊と、まつわる蒲団の怪異ばなし。第7夜迄で22話。

1993/10/17 百物語特別公演
一人芝居で演じる百物語。一周年超過記念の特別公演。過去、人気が高かった2作品をとりあげる夕べ。
1泉鏡花「高野聖」
 山中に迷い、怪異と美しき鬼女にであった修行層のお話し。
2半村良「箪笥」
 夜になると、箪笥の上にこども達が次々と、その内腰の曲がったおばあさんまでが登って座るようになる。ある夜、カタンカタンという音が聞こえてきて。

1993/10/30 百物語第八夜 岩波ホール
23話。江戸川乱歩「人間椅子」
 椅子に潜み、美女の感触を至上のものとした男、のお話し。
24話。江戸川乱歩「押絵と旅する男」
 不思議な男の持つ絵の中には、件の男と美少女が、生きているかのように。

1994/07/09 百物語第九夜 岩波ホール
25話 山田風太郎「首}
 桜田門外で暗殺された井伊大老の首が失踪とそれに関わる人達の姿を。 
26話 向田邦子「かわうそ」
 脳卒中で倒れた夫と甲斐甲斐しく看護する妻。日常の中に浮かぶ暗い影。 
27話 筒井康隆「五郎八航空」
 台風のなか、操縦士が赤ん坊背負った漁師のおばさん。ぼろぼろ飛行機に乗り合わせた記者二人の爆笑的恐怖。 
 
1994/10/15 百物語第十夜 岩波ホール
28話 白井喬二作「忍術己来也」ナンセンス・スーパー忍術バトル。
29話 三遊亭円朝作「江島屋騒動」「眞景累々渕」から。

1995/03/12 百物語第十一夜 岩波ホール
30話 高橋克彦「遠い記憶」
 雑誌の取材で行った盛岡。生まれ故郷で幼児の頃の閉ざされた記憶が蘇り。
31話 志賀直哉「剃刀」
 仕損じたことがない床屋の亭主。病をおして、剃刀をあてたが。 
32話 阿刀田 高「干魚と漏電」
 几帳面なおばあさん。生活は変わらないのに引っ越し先で電気代が増えて。 

1995/05/05 百物語 白石加代子VS筒井康隆 紀伊國屋ホール
筒井康隆の自作自演を交えた3本。まず「おもての行列なんじゃいな」を筒井が自作自演。アル中の親父が窓から行列を幻視する話。
「懲戒の部屋」は、チカンにでっち上げられる筒井の「被害者」サラリーマン、白石の「加害者」おばさんで。とりは「五郎八航空」。

1995/10/28 百物語第十二夜 岩波ホール
33話 松本清張「二階」
 自宅療養で癒るあてのない夫。派遣看護婦の優秀な働きに安堵の妻。店をきりもりしながら2階の二人にふと芽生えた猜疑心。看護婦をやめさせた翌日、夫と看護婦は心中。故あって結ばれなかった恋人だったのだ。取り残された妻は、女を夫の蒲団から引きずり出し、遺書を書き、添い寝し自殺する・・・。それは略奪された愛するものを取り返す唯一の手だて。
34話 山本周五郎「その木戸を通って」
 記憶喪失の娘が武家の屋敷に迷いこむ。婚約中でもあった男は忌み嫌うが、世間の揶揄に反発し娘と結婚する。それは周囲を不思議と和ませる娘の性格の良さもあってのことだった。子供ができ穏やか日々が過ぎる。だが娘はある日、記憶を取り戻したのか、現れた時のようにふと消える。男は子供と共に好きあった日々の記憶から、帰ってくれることを信じずにはいられないのだった。

1996/03/31 百物語第十三夜 岩波ホール
35~40話  田中貢太郎「猫の踊」「室の中を歩く石」「平山婆」「赤い牛」「瘤の運動」「天井からぶら下がる足
41話 和田誠「おさる日記」:小ザルが人間に。
42話 西丸震哉「釜石の幽霊」:実話らしい。幽霊を冷静に諭すが馬耳東風。
43話 内田百聞「花火」:海で花火を女と。彼女の恨み節ともに気がつけば、廊下に一人。
44話 小泉八雲「破約」:病死の女との再婚せずの誓いを破った男。後妻の枕元に立つ亡き女の幽霊。
45話 吉行淳之介「追跡者」:深夜列車で気になる女、つけて見れば・・

1997/01/11 百物語第十四夜 岩波ホール
朗読・一人芝居な恐い話シリーズ。新春スペシャル落語大会的恐い落語。
46話「悋気の火の玉」
 本妻とおめかけさん。のろい殺し合っても、いがみ合い止まらず。旦那がなだめにいったけど・・。
47話「首提灯」
 田舎侍に首切られちゃった、江戸っ子の酔っぱらい。見事な腕ゆえ切られたことに気づかない。折しも火事騒ぎの雑踏で首が落ちそうに、しょうがねえと両手で首を掲げもって、はい、ごめんなさいよ。
48話 「死神」
 借金で×な男。死神に助けられて、偽医者でひともうけするも 散財。再開後、死神が都合よくしてくれない。しょうがなくズル、死神を怒らせちゃって。 
    
1997/03/22 百物語第十五夜 岩波ホール
49話 宮部みゆき「小袖の手」
 娘が格安で買ってきた小袖。いぶかしる母親はバラバラに。娘に着物にとりつかれた男の話しを聞かせ、その訳を。
50話 吉屋信子「鬼火」
 あばら家に滞っているガスの集金に来た男。夫の看病に疲れ果てた、乱れた着物姿の女房に征服欲、性欲。金の代わりに体をというが。
51話 小池真理子「ミミ」
 死んだ少女にピアノレッスンをする女性の孤独。

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1997/06/30 百物語特別公演 第一夜紀伊國屋サザンシアター
1夢枕縛「ちょうちんが割れた話」
2高橋克彦「遠い記憶」
3阿刀田高「干魚と漏電」
4和田誠「おさる日記」

1997/07/01 百物語特別公演 第二夜紀伊國屋サザンシアター
特別公演、第二夜。
1泉鏡花「高野聖」
 山深い処、場所にそぐわぬ美女。世話を受ける坊さんが出会った怪異とは。
2半村良「箪笥」

1997/07/04 百物語特別公演 第四夜紀伊國屋サザンシアター
江戸川乱歩「押絵と旅する男」
 汽車で乗り合わせた男。絵を傍らに。その押絵の男女は生きているようで・・・
三遊亭円朝「江島屋奇談」
 婚礼の夜、満座を前に晴れ着がいか物故に破れ、その屈辱に投身自殺した娘。恨みは親をして、いか物を売りつけた江島屋に向けられる。

1997/07/06 百物語特別公演 第六夜紀伊國屋サザンシアター
南條載夫「燈台鬼」
 遣唐使として出向いた地、暴漢の手に掛かり人身売買、「人間燭台」として27年過ごした男。息子の手により救出されるも、無惨な己の姿故、海に身を。如何ともしがたい絶望を厳として描く。
筒井康隆「五郎八航空」
 無人島を取材に着た記者達。明日まで東京帰還の命令に、飛ぶのが不思議なほどの飛行機にのるが。

1998/01/25 百物語第十六夜 岩波ホール
52話 藤沢周平「夜が軋む」
 女郎が入りあげてる旦那に語る、自らの怪異。冬は雪に閉じこめられる村。こけし職人の夫婦。底つく食料、隣家の男に内緒で借用する女房。には男の情欲を利用する、ささやかな狡猾さが。夫が村に降りた夜。抑えきれない淫蕩の血は騒ぎ、その念の強さ故、惨劇が。
53話 浅田次郎「うらぼんえ」
 江戸っ子の祖父が亡くなり、天涯孤独。の身の上な女性は結婚するも夫は浮気相手に子供ができたりの甲斐性なし。そんな2人は、夫方の祖父・彼女を気遣ってくれた、の新盆に。家を尊ぶ親戚達は夫に肩入れ、離縁を迫ってくる。家どおしで話し会おうにも、彼女には身内はなく。そこに祖父が盆の迎え火に還ってきて。やさしい怪談。強い意志を秘めた女性が挫けそうな心から再起する、爽やかな後味の一遍。

1998/12/11 百物語「七つの怖い扉」第一夜 紀伊國屋ホール
気鋭作家の書き下ろし作品上演企画。
○阿刀田高「迷路」
 ちょっとした悪戯、悪意から心ならずも人を殺してしまった少女。しかし不思議なことに隠した死体は消えてしまう。少女はぼんやりした恐怖を感じながらも、忘れ去ってしまうのだったが。
○乃南アサ「夕がすみ」
 家族を事故で失ったいとこが家に引き取られる。
○高橋克彦「母が死んだ家」
 作家と編集者が山中迷った末に辿りついたのは、作家の母親が自殺した生家だった。荒れ果てた屋敷で見たおぞましい空想の光景、そのとき作家は・・。
 
1998/12/14 百物語「七つの怖い扉」第二夜 紀伊國屋ホール
○泉鏡花「高野聖」
 山深い処、場所にそぐわぬ美女。世話を受ける坊さんが出会った怪異とは。
○半村良「箪笥」

1998/12/17 百物語「七つの怖い扉」第三夜 紀伊國屋ホール
当代ベストセラー作家・書き下ろし恐い話しの夕べ。
○宮部みゆき「布団部屋」
 堅実な商売、よくできた奉公人で知られた江戸商家。女中奉公にでた少女は女中頭に連れられ、しきたりの布団部屋に閉じ込められる。そこには人の魂を食らう魔物が。奉公人が従順なのは魂を抜かれていたからなのだ。しかし、少女はその魔物に取り殺された姉の魂によって救われる。女中頭はそんな少女に助けを乞う、魔物に取りつかれているのは自分であると。
○小池真理子「康平の背中」
 初老の男の誘いに料亭に足を運んだ30歳の女性。男が結婚、同衾を願うとその傍らに亡くなった、不倫の中だった男の亡霊が。事故ゆえ、顔面も判別できなかった男は背中だけをこちらに向けているのだった。女性は男との日々、そして半妖怪のような、男の得体の知れない妻子のことを思い出すのだった。

2000/01/16 百物語 2000年特別公演 岩波ホール
○坂口安吾「桜の森の満開の下」
 平安朝時代。盗賊が強奪した美女な鬼女。イノセンスな盗賊はやがて深い闇、自らの孤独を艶やかな彼女と満開の桜の中に見つめていく。
○半村良「箪笥」
 夜な夜な箪笥の上に家族が座り始めるという、怪異歎。

2001/01/21 百物語第十七夜 岩波ホール
54話 柴田錬三郎「赤い鼻緒の下駄」
 ウイットにとんだ話好きの住職と年若い美人妻。長らくサナトリウム暮らしをしてきた男は二人に親しんでいく。夫婦には無口な一人娘があり、いつしか男に恋をする。男も密やかに胸ときめかしていた。ある夜、男は離れの沓石に娘の赤い鼻緒の下駄をみつけ、寝床に忍んでいくのだったが。
55話 久生十蘭「昆虫図」
 絵描きの男の細君蒸発。やがて蝿の大群、蝶、そしてカブト虫がやってきて。
56話 浅田次郎「鉄道員(ぽっぽや)」 
 北海道、廃線真近くの駅・駅長のもと、幼くして亡くなった娘が生きていればこんなかと思われる姿で現れる。優しく哀しい冬の怪談。

2001/02/04 百物語第十八夜 岩波ホール
57話 三遊亭円朝「真景累ヶ淵(抜き読み)」
 落ちぶれ旗本の深見新左衛門。取立に来た按摩宗悦をはずみで殺してしまう宗悦の祟り。新左衛門は誤って妻を殺し、自分も死、そして子供にも因果応報して大変。宗悦の長女=豊志賀と深い仲になった相手=新左衛門の子・新吉。仇通しと知らず、その恋はどっぷり怪談話していって…。
58話 筒井康隆「関節話法」 
 その星の言語は関節を鳴らした音。大使として派遣された男は非常事態に巻き込まれ。地球の顧客の為に必死の抗弁を関節話法でするが。

2002/06/09 源氏物語 その第二夜 須磨・明石 サンシャイン劇場
朗読一人芝居・新シリーズ。その第一夜「六条御息所」に続く「須磨・明石」

(第十九夜、59~67話の記録なし)

2003/08/31 百物語第二十夜 岩波ホール
68話 サキ「開いた窓」
 神経治療のために田舎に転地した青年。姉の知り合いを訪ねるが、留守。姪が相手をしてくれる。開かれた窓の話。三年前行方不明になった家族が帰ってこない、叔母は帰ってくることを信じて、開けているのだと。そして、少女の話そのままに死んだはずの人々が戻ってきて…。
69話 ヒュー・ウォルポール「銀色の仮面」
 美術品に囲まれ、優雅な一人暮らし。五十路を迎えたソニアはみすぼらしい服を着た美青年に声をかけられる。売れない画家、妻と小さな赤ん坊を養いきれない。関わり合いにならないほうがいいと思いつ、つい家に招いてしまう。お気に入りの銀色の仮面と青年の美顔が重なったためか。いつしか、彼の妻子も居着くようになってしまい…。
70話 コナン・ドイル/夢枕獏 筆(書き下ろし)「踊るお人形」
 70話記念、夢枕獏が本歌取りして創案したシャーロックホームズもの。
 復讐の鬼と化したモリアティー教授と共に崖に転がり落ちた「最後の事件」と復帰する「空家事件」までの空白の3年間。その間にホームズは日本に来ていた。ロンドンで知り合った夏目漱石を訪ねたホームズに、事件が持ち込まれる。その一部始終を、115歳で存命の女中カヨコが書き留めていた。なんでも「踊るお人形」事件と呼ばれていたとか。

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2004/07/05 百物語第二十一夜 岩波ホール
71話 内田百聞「桃太郎」
 よく知られた物語がいつのまにか、桃をもらい受けた猿(だっけ)の話に転じてしまう、ナンセンス。
72話 太宰治「カチカチ山」
 兎を「16歳の処女」、狸を「彼女に岡惚れする醜い中年男」に置き換え。狸は兎の嫌悪を理解せず、理不尽な仕打ちにあう。仕舞いには「惚れたが悪いか」の一言を残し、殺されてしまう。
73話 曾野綾子「長い暗い冬」
 北方の海外に転勤となった男。曇りがちの天候が映ったような陰鬱な心象と家族の崩壊を描く。
74話 宮沢賢治「月夜のでんしんばしら」
 月の夜に恭一が見たのは、電信柱の軍隊。ドッテテドッテテ、ドッテテド~と勇ましく進軍の声と電信柱達の会話。そして古参の電気総長との交流。
 
2004/07/18 百物語第二十二夜 岩波ホール
75話 上田秋成「雨月物語」巻五「青頭巾」
 稚児に迷い食人鬼となった僧を、快庵禅師が教戒をもって成仏させる話。
76話 同上 巻三「吉備津の釜」
 裏切られた貞淑な妻、磯良が夫と愛人を幽鬼となり取り殺す話。
77話 筒井康隆「時代小説」
 お家の大事に立ち向かう丑の助を待ち受ける苦難。時代小説の一大パロディ。

2005/07/16 百物語特別公演 カメリアホール

浅田次郎「うらぼんえ」
 亡祖父がお盆の夜に帰ってくる。自分を見捨てた夫や親戚の企てから守ってくれるという。「鉄道員(ぽっぽや)」収録、珠玉の名作。
阿刀田高「干魚と漏電」
 几帳面なおばあさん。生活環境は変わらないのに、電気代が増えている。原因究明に乗り出したのだが。
和田誠「おさる日記」
 お父さんの土産は子猿。もらった息子からみた、その成長日記。

2006/02/25 百物語第二十三夜 大田区民プラザ

78話 朱川湊人「栞の恋」(「かたみ歌 」より)
 昭和40年代東京下町。タイガースファンの娘はメンバーそっくりの男子に片思い。彼が古本屋でずっと立ち読みをしている本に、思いを書いた栞をいれる。そして、栞を通した不思議な文通が始まって。
79話 夢枕獏「首」(「陰陽師シリーズ 龍笛ノ巻 」より)
 女らの首につけ狙われる男の物語。

2007/09/15 百物語第二十四夜 岩波ホール
80話 三遊亭円朝「怪談牡丹燈籠」
 怖い話の朗読シリーズ最新。
 一目惚れした男に恋いこがれて死んだ娘の死霊が男の元に現れる怪談を軸に、金や色に目がくらんだ末因果応報で死ぬ夫婦模様や仇討ち話。

2008/05/31 百物語第二十五夜 岩波ホール
81話 与謝野晶子「金魚のお使い」
82話 松山巖「猫風船」
83話 新井素子「週に一度の食事を」
84話 内田百閒「冥途」
85話 谷崎潤一郎「人面疽」
86話 阿刀田高「赤道奇談」

2009/01/11 百物語第二十六夜 岩波ホール

87話「平家物語・壇ノ浦の段」
88話「小泉八雲「耳なし芳一」

 幼い安徳天皇と平家一門が壇ノ浦の海中に滅び去る一部始終「平家物語」。そのくだりを、平家武者の亡霊に請われ、琵琶で弾き語る芳一の怪異譚。
89話「芥川龍之介「杜氏春」
 不可思議な老人のおかげで2度富豪となった男。贅沢でも虚しい生活に嫌気が差し、仙人である老人に弟子入り志願する。が、ここで試練。

2009/06/24 百物語特別公演 北とぴあ つつじホール
高橋克彦「遠い記憶」47分(95年30話)
 記憶がなかった故郷で蘇る懐かしい、そして封じられていた恐怖。
宮部みゆき「小袖の手」(97年49話)
 娘が安く買った小袖をバラシ始まる母。いぶかる娘に母は小袖に取り憑かれた男の怪談噺を語り始める。

2010/02/28 百物語第二十七夜 岩波ホール
 ついにカウントダウン。
90話 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」
 孤独で貧乏な少年ジョバンニは、友に救い自らは溺死した親友カンパネルラと死者が旅する銀河鉄道で星座を巡っていく。

2010/12/26 百物語第二十八夜 岩波ホール
91話 池波正太郎「剣客商売 天魔」
 少年時代に剣術を教えた男が長じて、冷徹な殺人剣で道場破りを繰り返す。最終的なねらいは師匠を殺傷。そんな最悪な剣客を倒すことができるのか。
92話 幸田露伴「幻談」
 土左衛門が掴んでいた釣り竿が思いがけぬ逸品。持ち帰った男が再び釣りに行くと、帰せとばかりに得体の知れぬ手が現れ、思わず投げ帰して・・・。

2011/09/03 百物語第二十九夜 岩波ホール
93話 宮部みゆき「お文の影」
 子供達が興じる影に交じって主が居ない影があることに気付いた老人。正体をめぐる探索は、辛い日々の果てに理不尽に逝った子供の因縁話に及ぶ。
94話 宮部みゆき「ばんば憑き」
 夫婦連れでの旅先の宿。わがままな妻にうんざりの夫は、偶然相部屋になった老女から、異様な回顧話を聞かされる。それは定まった人生に諦めていた夫の心に日常からの脱出する憧れを抱かせる。

2012/05/27 百物語第三十夜 岩波ホール
95話 大沢在昌 新宿鮫「毒猿」
 雇い主に裏切られた、台湾の殺し屋毒猿は、報復のため日本に来て、狩りを始める。新宿署の鮫島は毒猿を阻止すべく追う。

2014/01/12 百物語第三十一夜 岩波ホール
96話 林芙美子「晩菊」
 芸者だった女は別れていた男との再会にときめく。
97話 北條秀司「狐狸狐狸ばなし」

2014/06/20 百物語第三十二夜/第九十九話ファイナル 世田谷パブリックシアター
98話 三島由紀夫「橋づくし」  
 橋巡りで願をかける芸者さん達のシニカルコメディ。
99話 泉鏡花「天守物語」
 美少年な若侍に恋した魔性の姫。誤解が生んだ苦難と思いがけぬ救済の物語。

2014/08/11 百物語第三十二夜/第九十九話ファイナル2回目 吉祥寺シアター
98話 三島由紀夫「橋づくし」
99話 泉鏡花「天守物語」
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22年の長きにわたる公演、本当にお疲れ様でした!

白石加代子4歳.jpg 処で白石加代子さんは小学生の時、学校にやって来た児童劇団のお芝居を見て、舞台の世界に魅力を感じ始めていたそうです。いゃあ、早熟というのか、栴檀は双葉より芳しというのでしょうか。でも、彼女が5歳の時、逓信省のお役人だったお父様が亡くなられてから、家計が苦しくなったので、「弟が就職するまでは長女として家計を支えなければならない」という姉としての責任感から、高校卒業後港区役所(東京)に就職されたのです。

(上は加代子さん4歳の頃、下は区役所勤務時代)

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そして、弟さんの就職が決まった1967年春、港区役所税務課を退職し、早稲田小劇場(現SCOT)へ入団、1970年『劇的なるものをめぐってII』(演出 鈴木忠志)の主演で<狂気女優>と評判になり、以後、同劇団の看板女優となられたのです。

そんなに古くから狂気を漂わせた演技が評判だったのですね!

加代子さんはワタシより一つ年上で、1970年といえば、ワタシは大阪万博のお祭り広場にいましたが、その頃から聞きしに勝る怪女優さんとの評判は耳にしておりました。

早稲田小劇場在籍22年、1989年にSCOTを退団。

3年後に百物語を始めて又22年、99話を終えたのですが、100話をやっちゃうと、本当の物の怪が訪れるとか・・・!

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そんな物の怪が現れるかも・・・というのが、贋作・白石加代子傳』なのですが、今回のブログは随分長くなってきましたので、次回に致します。ではでは。




袖振れ合うも多生の縁400~清原果耶さんて、どこまで伸びるか、末おそろしい、いえ先が益々楽しみな女優さんなのです!~


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この写真は清原果耶さんが、2015年に13歳でNHKの朝ドラでデビューした時のものですが、あれから5年、ホップ・ステップ・ジャンプの3段飛びを超えて何処まで伸びて行くのか、末恐ろしい女優さんとワタシは思っており、とても楽しみにしているのであります!(処で昨年春に書いたブログ「袖振れ合うも多生の縁325」で彼女のデビューを15歳と書きましたが、13歳でしたる訂正させて頂きます。ゴメンナサイネ。)
さて、前回は吉高由里子さんを取り上げさせて貰いましたが、今回清原さんにしたのは、吉高さんと同じ芸能事務所、アミューズ所属、その繋がりからです。
ま、そんなことはどないでもええんですが、彼女は大阪の子で、小学1年生からクラシックバレエを習い、小学5年生から中学1年生までは兵庫県西宮市に本拠地を置く劇団 に通ってダンス・歌・バレエなどを習っていたそうなので、数年前までワタシは西宮市に住んでいましたから、通りすがりに小学生の彼女と袖振れ合っていたかも知れません。
それは兎も角、清原さんが演じたふゆは、主人公あさ(波瑠さん)が嫁いだ加野屋の女中さんで、加野屋の小番頭だった亀助(三宅弘城さん)に思いを寄せられ結婚するのです。
まあ、何と13際で花嫁衣装を着るなんて、昔ならあるかも知れませんが、現代っ子の彼女にはオドロキだったでしょうね。

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そして、夫は加野炭坑の現場責任者となり、そんなた夫とともに九州に転居し、画面から消えてしまうのです。夫の亀助は、後に大阪に戻ったのですが、何故か彼女は夫と共に戻らなかったのか、登場しませんでした。
というのは、2016年オンエアのNHK番組『 放送90年 大河ファンタジー 精霊の守り人』のスタッフに見初められ、綾瀬はるかさんの少女時代を演る為、「あさが来た」からトレードされたのです。NHKでも異例のことだとか。

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『 精霊の守り人』の次にワタシが見たTVドラマは、2018年の「透明なゆりかご」で主演・青田アオイ役を演じ、順風満帆な道を歩み続けています。「透明なゆりかご」の役は、産婦人科でバイトする看護学生で、堕胎など出産にまつわり揺れる繊細な女心を的確に演じていましたから、ワタシはこの人、将来はどんな凄い女優さんになるんやろか・・・と戦慄しつつも楽しみにしていたのであります。
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そして、その次は2019年の「蛍草 菜々の剣」で、菜々役にて時代劇に初主演、和服姿での殺陣にも取り組むなど本格時代劇に初挑戦し好演したのであります。
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それから同じ年に、『あさが来た』『透明なゆりかご』での演技で見せた「芯の強さ」が評価され、NHK連続テレビ小説「なつぞら」(第79回 - 第156回)で2度目の朝ドラ出演を果たしました。この朝ドラではヒロインの生き別れの妹千遥役を演じたのですが、事前にキャストの発表がなく、誰が演じるか視聴者の関心が高まる中、劇中で初めて明かされる異例の形で登場し、話題を呼んだのです。
そして、終盤では30代の母親を演じて17歳とは思えない迫真の演技により注目を集めました。
ワタシもお芝居の世界に長いこといてますが、17歳で子持ちの母親、しかも小料理屋をやっていた夫と別れ、姑に小料理屋を任されて子供を抱えながら奮闘、いえ、さらっと淡々と営んでいく女将の屈折した内面を演じきった女優さんなんて、見たことないですわ!!!
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17歳で30過ぎのバツイチ子持ち女を演じたのに驚愕しただけでなく、次の作品、終戦の日特集ドラマ『マンゴーの樹の下で ~ルソン島、戦火の約束~』もオドロキモモノキでした!
この作品は、太平洋戦争の中で最も凄惨を極めたフィリピン攻防戦を生き残った女性たちが書き残した戦争体験を基にドラマ化したもので、戦後の昭和・平成を生き抜いたヒロイン奥田凛子を、岸恵子さんとと清原果耶さんが、リレーで演じたのです。共演者も何と、岸惠子、渡辺美佐子、山口まゆ、伊東四朗と超芸達者の猛者ばかりなんですよ。

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彼女は、タイのジャングルで6日間ロケをした経験を「撮影をしている時も、このまま朽ち果ててしまうんじゃないかと思いながら撮っていたので、無事に完成したということがすごく嬉しいですし、達成感もありました。戦時パートがあるからこそ現代パートにつながるものがあって、今を生きる人がいて、そこの時代の流れを尊く感じました。同世代の方にも見ていただきたいと思える作品に出来上がってると思います」と思いを語っています。
そして、岸恵子さんは清原さんのことを、「自分の頭で考えられる、将来が楽しみな逸材」と褒めそやしていたとか。

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これで終わりかと言うと、そやないんです。
彼女は、デビューから今年春に高校卒業まで大阪の実家在住で、仕事やレッスンのため大阪と東京を往復していたのですが、晴れて卒業、本格的活動すべく上京した途端、吉報が、2021年前期NHK連続テレビ小説(朝ドラ)「おかえりモネ」のヒロインが、待ち受けていたのです。

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連続テレビ小説『おかえりモネ』は、“朝ドラ”第104作で、
今を生きるすべての人に捧げたい、「現代ドラマ」です!
「海の町」宮城県・気仙沼で生まれ育ち、「森の町」同・登米(とめ)で青春を送るヒロインが、
“気象予報”という「天気」にとことん向き合う仕事を通じて、
人々に幸せな「未来」を届けてゆく希望の物語で、「透明なゆりかご」の安達奈緒子さんが書き下ろすオリジナル作品です。

制作発表で清原さんは、「ドラマを見てくださる皆さまの上にある空が青く明るく澄み渡るなら、笑顔にできるなら、そんなことができたらうれしいよなと考えて、そんなドラマをお届けしたいです。また安達さんの脚本を読めるのが本当にうれしくて、それだけでほくほくとしてしまいそうですが、ドラマの制作に携わってくださる全ての皆さまの思いと共に、伝えるべきものはしっかりとお伝えしながら、みずみずしく、たくましく約1年の撮影期間を駆け抜けたいと思います」と語り、
「デビュー当時から今まで応援してくださった皆さま。そして支えてくれた家族、マネージャーさん、本当にありがとうございます。感謝を作品にも込めて残せるよう何かを感じていただけるよう精いっぱいやってみますので、放送をお楽しみに待っていてくださるとうれしいです。よろしくお願いします」と締めくくったそうです。

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 TVドラマだけでなく映画作品も、「3月のライオン 前編 / 後編」(2017年3月18日公開 / 4月22日公開、アスミック・エース・REBOOT)の川本ひなた(写真上)で、益々注目を集めたのです。

ワタシもTVで放映されたのを見、ブログ『袖振れ合うも多生の縁325~「3月のライオン」って不思議な題名ですが、その由来は!?~ 』で書かせて貰ったのですが、<3月のライオン>という言葉についてコメントするのを忘れていました。この言葉はイギリスの諺で、『March comes in like a lion, and goes out like a lamb.』(3 月はライオンのように荒々しい気候で始まり、子羊のように穏やかな気候で終わる)との意だそうです。

さて、又清原さんの映画に戻りますが、「愛唄 -約束のナクヒト-」(2019年1月25日公開、東映)ヒロイン伊藤凪(写真下)。

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更に「デイアンドナイト」(2019年1月26日公開、NIKKATSU)のヒロイン大野奈々(写真下)
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この他、近日公開を待ち受けている作品も目白押しなんです。「宇宙でいちばんあかるい屋根」(2020年秋公開予定)の大石つばめ役で主演。

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「まともじゃないのは君も一緒」(2020年11月公開予定)の秋本香住役で主演。

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果耶さんファンは無論、そやない人も一寸見て欲しいなと思う、ワタシなのであります。
あ、9月4日公開/藤井道人監督映画『宇宙でいちばん明るい星座』での彼女について、共演された桃井かおりさんが果耶さんについてコメントされているのが見つかりましたので、シェアさせて貰います。果耶さんのの演じる物語の主人公つばめは、実父と血のつながりのない母との間に子どもが産まれることで感じる疎外感、実母への思い、幼なじみへの恋心など複雑な感情を抱く女子中学生で、ある日ド派手な身なりで、キックボードに乗ったあやしい老婆“星ばあ”(桃井かおり)と出会い、いつしか2人はお互いの心のどこかに空いた穴を埋め合うように距離を縮めていき、恋に家族に悩みを抱えた14歳の女の子と星ばあによるひと夏の青春が紡がれるのです。

桃井さんは初共演の清原について、
「ものすごく孤独な女優さんという印象。そしてすごい真面目で本気で、映画の中で自分が何をやるのか見えてる。『ワタシ、絶対に彼女の邪魔しちゃいけないな』という気分に初めてなったし、彼女のやろうとしているストイックに考えていることは、私もそういう時期があるから、すごいよく分かるんだけど、彼女の表現しようとしているモノが見えなくて、冗談抜きで私が付いていった。彼女はすごいよかった!」
と絶賛しているそうです。

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それから、最後に老爺心ながら・・・
<芸は身を助ける>という言葉があります。これは、不幸せが訪れた時、身につけていた芸が、その人を助けるという意味です。
ですからワタシは、<芸が身を助ける不幸せ>というフレーズにして使っています。少なからぬ芸能人や芸術家、アーティスト達は、人に知られざる不幸をどこかに隠し持っていることが多いのです。
清原果耶さんは、今まで順風満帆過ぎる程の素晴らしい歩み、いえ、快足ぶりですから、ワタシは、<芸が身を助ける不幸せ>が果耶さんを見舞わないよう、ひたすら祈っているのであります。
でも、<芸が身を助ける不仕合わせ>なる言葉は、生活にゆとりのあったころ道楽で身につけた芸を、生計のために役立てなければならないほど落ちぶれるという状況で、清原さんには当てはまらないとは思っているのですが。

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袖振れ合うも多生の縁399~吉高由里子さんのドラマを初めて見ましたが、もっと早く袖触れ合いたかったデス!~

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今年の1月、日テレのドラマ「知らなくていいコト」で、吉高由里子さんを知りました。ワタシ、彼女のドラマを見たの、初めてなんです。ですから人気女優さんてことも全く存じませんでした。でも、と~ってもいい女優さんだと思ってしまったので、取り上げさせて頂く次第です。
先ず、このドラマの粗筋は、日テレのHPを要約致しますと・・・

政治家の不正から芸能人のスキャンダルまで、数々のスクープを世間に送り出す週刊イースト。
壮絶な職場で特ダネを狙う女記者真壁ケイト(吉高由里子)は仕事も恋も、同僚カメラマン(江本佑)とは別れたものの焼けぼっくいに火をつけたり、まさに絶好調!
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しかし、急死した母(秋吉久美子)の遺品からケイトの父(小林薫)はかって世間を騒がせた殺人犯だと・・・。
信じられないスクープは、私自身のことだった・・・!
ケイトは出生の謎と父の秘密を追跡するが、そこには人生最大の<知らなくていいコト>が、隠されていた・・・。
軽妙なタッチでリアルな世界を描く大石静のオリジナル脚本に、着実にキャリアを積み上げてきた吉高由里子が挑む、お仕事ヒューマンドラマ!!

そう、ワタシは大石静さんのホンやから見始めたのですが、吉高さんて三十路を越えすっかり”お仕事ドラマの女王”と呼ばれるようになっているとか。
このドラマでの敏腕記者ぶりも、さもありなんと思わせるお芝居で、なかなかいいんです。しかも仕事一点張りの女を棄てたキャリアウーマンでなく、とても魅力的なんですよ。

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ところで、日テレのあらすじに書いてあったように、吉高さんは着実にキャリアを積み上げてきたそうですので、どんな経歴なのか、Wikipediaで調べてみました。
2006年、映画『紀子の食卓』でデビューし、第28回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。
2007年9月に交通事故に遭って顎の骨を折る重傷となり入院したのは、オーディションで『蛇にピアス』の主演が決まった数日後のことだった。同作ではデビュー以来初のヌードを披露し、第32回日本アカデミー賞新人俳優賞、ブルーリボン賞新人賞などを受賞し、ブレイク。
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2009年10月期、フジテレビ系ドラマ『東京DOGS』のヒロインに抜擢される。
2010年7月期、日本テレビ系『美丘 -君がいた日々-』で地上波連続ドラマ初主演。
2013年に出演した映画『横道世之介』で第68回毎日映画コンクール女優助演賞などを受賞。
同年4月期ドラマ『ガリレオ』の第2シーズンのヒロインを演じる。
2014年4月期NHK連続テレビ小説『花子とアン』ではオーディションなしでヒロイン役に抜擢され、同年の『第65回NHK紅白歌合戦』で紅組司会を務めた。
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2015年『大逆走』で舞台に初挑戦。
2016年『レディエント・バーミン』で再び舞台に。
2017年日本テレビ系『東京タラレバ娘』鎌田倫子役で主演。
2017年秋公開映画『ユリゴコロ』美紗子役で主演。
2018年日本テレビ系『正義のセ』竹村凜々子 役で主演。
2018年夏公開映画『検察側の罪人』 ヒロイン橘沙穂役で主演。
2019年TBS系『わたし、定時で帰ります』東山結衣役で主演。
2020年公開予定映画『きみの瞳が問いかけている-』柏木明香里役で主演。
2020年日本テレビ系『知らなくていいコト』真壁ケイト役で主演。
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いゃあ、現在まで、映画出演作品26本中主演7本、TVドラマ出演作品34本中主演11本、WEBドラマ出演作品6本中主演5本という凄い女優さんを知らなかったとは!? 多分ワタシが商業ベースを卒業し、大阪ローカルの小劇場演劇に目を向け、そして2016年から戯曲を書くのを止めたからなのでしょうか。それは兎も角、見逃した彼女の作品で、ワタシが是非とも見たいと思うのはやはり、彼女がブレイクした『蛇とピアス』でしょうか。『蛇にピアス』は、金原ひとみさんのデビュー作であり、第27回すばる文学賞を受賞し、綿矢りささんの『蹴りたい背中』と共に第130回芥川龍之介賞を受賞しています。そして映画化に当たり、作者本人の意向を受け、舞台演出家の蜷川幸雄さんが監督を勤め、2008年9月20日に公開されたのです。その当時の「Digital FRIDAT」の記事に、こんなのが載っていました。

「吉高が映画『蛇にピアス』で初主演を飾り、センセーショナルな話題を振りまいたのは‘08年、吉高が二十歳になったばかりの頃。衣装合わせの際、『ほとんど裸の映画なのに、(私の)裸を見ないで撮れるんですか』と、監督を務める天下の蜷川幸雄に迫り慌てさせるなど、当時の吉高には鬼気迫るものがありました。
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あの蜷川さんに、「私の裸を見なさいよ!」まがいの台詞を、新人に近い女優さんが吐けるとは思えませんが、Wikipediaには、当時の彼女の心境が載っていました。

吉高由里子は、女優としての転機となった出来事として、2007年、映画『蛇にピアス』の撮影直前に起きた交通事故だと答えている。「死も覚悟したその事故を通して、仕事が無くふてくされていた自分が、いかに周りに助けられていたのかを知るきっかけになった」と振り返っている。別のインタビューでも「あの頃の私は人間的にとんがっていたし、人に感謝することも知りませんでした。お前は一度、痛い思いをしないと分からないと、ああいう事故の経験が与えられたんだと思います」と語っている

成る程、こんなとんがった女の子なら、あの台詞もあり得るかも・・・と思うのですが、その頃から早や13年、人間的にも成長した彼女ならではの真壁ケイト(「知らなくていいコト」の主人公)を見ることが出来たのでしょう。これからは、吉高由里子さんをウォッチングし続けたいと思っています、ハイ。

袖振れ合うも多生の縁398~終戦、いえ敗戦記念日と光復節、元徴用工への補償問題を考える。~

我が国では、今日8月15日は終戦記念日、と言い換えている敗戦記念日です。でもお隣の韓国では、光復節(こうふくせつ)です。<光復>とは<奪われた光=主権を取り戻す>との意で、光復節は日本の統治から脱し自主独立を取り戻した日ということですね。因みに北朝鮮では、金日成が抗日革命闘争を勝利へ導いた偉業により、祖国が日本の統治から独立出来たとしているので、「解放記念日」と称しています。

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さて、朝鮮民主主義人民共和国とは未だに国交回復していませんし、拉致問題も進展なしですね。又韓国とも、元徴用工訴訟問題など雲行きあやしく、憂うべき状況です。

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そんな折柄『街場の日韓論』なる本を読んだのであります。
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いや、『街場の日韓論』を読む前に、この春だったでしょうか、直木賞作家高村薫さんが『サンデー毎日』連載の、時代や世相を切り取った時評を書籍化した『時代へ、世界へ、理想へ』なる本を手に取り、「こじれる日韓 和解の道を探る責務」の項が目にとまり、「むむむ!」と思ったのです。

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「こじれる日韓 和解の道を探る責務」に書かれた何にワタシが「むむむ!と反応したかと言いますと・・・

韓国の大法院(最高裁)が元徴用工の訴えを認めて新日鐵住金に賠償を命じた以降、日本は首相も外務大臣も、1965年の日韓請求権協定(写真下は調印風景)により戦後賠償問題は両国間で最終的に解決済み、と声高に繰り返している。あたかも韓国の司法が国際法を無視していると言わんばかりだが、一方的な暴言は日本のほうではないだろうか。

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何!? ワタシも戦後賠償問題は解決済みと思てましたけど・・・と先を急いで読んでみますと・・・

1991年の外務省の国会答弁で、当該の協定については、国が国民の請求権について外国と交渉する権利(外交保護権)を相互に放棄したものであって、個人の請求権の消滅は意味しないとされた。これが日本政府の公式見解であり、2007年には最高裁も同様の解釈をしている。そして2000年以降、強制連行された元中国人労働者たちが起こした裁判では、中国が日本に対する戦後賠償の請求権を放棄した日中共同声明に基づき、原告の訴えは棄却されたが、その一方で、個人の請求権は消滅していないという原則の下、被害者救済のために鹿島建設や西松建設と原告らの間で和解が進められた。

そうか、個人の請求権はチャラやのうて、チャンと有るんだ!
このことは『街場の日韓論』に「植民地支配の違法性を考える」と題して、日本のジャーナリストで日本平和学会会員の松竹伸幸(まつたけのぶゆき 写真下)さんが下記のように書かれています。

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1991年外務省の柳井条約局長は国会で、「これらの規定は、両国国民間の財産・請求権問題につきつきましては、日韓両国が国家として有している外交保護権を相互に放棄したことを確認するものでございまして、いわゆる個人の財産・請求権そのものを国内法的な意味で消滅させるものではない」と明確に述べていました。
これは、「自分が韓国に置いてきた財産に関する請求権まで奪うのか」と日本国民から問題を提起された際、「いや、あなたの請求権を日本が奪うようなことはしません。どうぞ韓国側に請求してください」と言い逃れるための論理でした。(中略)この論理は同時に、日本と韓国が置き換わっても通用しますから、元徴用工は日本の裁判所に訴え、裁判所は「すでに請求権は消滅している」と判決を下すことにより、問題を解決賞としてきたというわけです。ところが、日本の裁判所で敗訴した元徴用工が次に韓国の裁判所に訴えたため、過去の論理が破綻したのが真相だと言えるでしょう。

そうか、日本の裁判所が請求権は消滅していると判決したのが間違いで、韓国の裁判所は当然、請求権ありとしますわな。知りませんでした。そうだったのか・・・知らずして、韓国裁判所はおかしいと思っていたのが、おかしかったのだ・・・。え、待てよ、松竹さんのを読み進めて行くと・・・

韓国大法院の重要な特徴は、日韓請求権協定にもとづく徴用工の請求権はすでに満たされていると明確にしたことにあります。(中略)
判決は、日本側が支払った3億ドルについて、「請求権、強制動員被害補償問題解決の性格の資金等が包括的に勘案された」と述べています。(中略)韓国側は、日本の資金を元手に(3億ドルの約1割)徴用工などに支払いを行いました。それでは十分でないとして徴用工側が日本の裁判所に訴え敗訴する中で、韓国政府も不十分を認め、「太平洋戦争戦後国外強制動員犠牲者等支援に関する法律」(2007年)をつくるなどして、死亡者、負傷者はもとより未払い賃金等の支払いを求める元徴用工、そり遺族に対しても支払いを行うことになったのです。日本政府もそういう事実を把握しています。だからこそ(日本政府は)「解決済み」と繰り返しているのでしょう。

えーっ、又々そやったんですか!? ほな、何が問題ちゅうか、ネックになってるんやろ? そうか、高村さんの時評に、それらしきことが書いてありましたわ。

韓国の司法は、そもそも慰安婦や徴用工のような反人道的不法行為は日韓請求権協定の埒外という立場であり、それに従って新日鐵に対する個人の訴えを認めたに過ぎない。一方の日本は法理上、個人の請求権について裁判沙汰にする権能を認めていない。(後略)

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そうか、反人道的不法行為ということは、植民地支配での行為ということですね。松竹さんの論説にも植民地支配のことが肝心要だとされています。

本件で問題となる原告らの損害賠償請求権は、当時の日本政府の韓半島に対する不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権であるという点を明確にしておかねばならない。原告らは被告に対して未払い金や補償金を請求しているのではなく、上記のような慰謝料を請求しているのである。

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ワタシなんか、植民地支配て、そらアカンわ! と一も二もなく思ってしまうのですが、松竹さんのを更に読み進めていくと・・・

1960年、国連総会は、植民地独立付与宣言(正式名称「植民地諸国、諸人民に対する独立付与宣言」決議一五一四第一五項)と題する決議を採択しました。「宣言」は「いかなる形式及び表現を問わず、植民地主義を急速かつ無条件に終結せしめる必要があることを厳粛に表明」としています。(中略)日本政府も賛成票を投じましたし、反対票を投じる国は一つもありませんでした。しかし、植民地の主要な宗主国であったアメリカ、イギリス、フランス、ベルギー、ポルトガル、スペイン、南アフリカは棄権票投じたのです。植民地支配は正しいという観念は欧米には根強く残っていたのです。

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宣言から40年以上経った2001年、南アフリカのダーバンで、国連主催による「人種主義、人種差別、外国人排斥及び関連する不寛容に反対する世界会議」が開かれました。この会議では、かっての奴隷制や植民地支配が「人道に対する罪」にあたねのではないか、謝罪や補償が必要なのではないかという問題が、戦後はじめて大規模に議論されたのです。(中略)しかし、奴隷制が「人道に対する罪」であることが認められたのに、植民地主義はそのような罪だとは認められませんでした。

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そうか、かっての宗主国達は、植民地支配した国々に謝罪したり賠償したりしたくないんですね。ま、分からなくはないですが、そらアカンやろ! それでてすね、日本政府も宗主国達に右に習えして、かって韓半島を植民地支配したのは反人道的行為ではない、そやから韓国大法院の判決は国際的に間違っている、と主張しているんですね。こう考えてくると、日韓和解の道は細く狭く閉ざされているようで、日暮れて道通しと思われます。それから更に、『街場の日韓論』に政治学者白井聡さんが書かれている「歴史意識の衝突とその超克」を読みますと、日暮れて道通しどころか、一寸先は闇やないか・・・と戸惑ってしまうのです。

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白井聡さんの言う歴史意識とは・・・

独立後の韓国は、権威主義的体制、軍事政権と民主化勢力とは激しい相克・闘争の歴史を歩んできた。そして、盧武鉉政権の誕生とその挫折を経た後、盧武鉉の側近であった文在寅を首班とする政権が大規模な大衆行動を背景として成立したことによって、同国は不可逆的な民主化を遂げた、という歴史認識が今日きわめて有力なものとなっている。ゆえに、極端な言い方をすれば、文政権は旧体制を打破した革命政権なのである。ロシア革命時のポルシェヴィキ政権がツァーリ政府の対外債務を「それは腐敗した不正な政権が勝手に借りたカネであって、ロシア人民の借金ではない」という論理によって踏み倒したのと同様に、革命政権は旧体制のなした約束に拘束されない・・・・文政権はそこまで踏み込んではいないものの、こうした歴史認識は疑いなく存在する。

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成る程。すると文政権は、日韓請求権協定を継承すべきではない・・・という論理なんでしょうが、これってどうなんでしょうね。
ワタシのアタマは一段と混迷を深めている有様ですので、この辺で一服しましょう。
ま、いずれにしても、文さんと安倍さんの無理矢理キッスでなく、ヨン様ブームや2002年の日韓サッカー・ワールドカップ共催の頃のように、両国がフレンドリーになることを願うばかりです。

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袖振れ合うも多生の縁397~怪優山内圭哉さんって、いゃあメチャ個性溢れてますよね!~

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この方か怪優山内圭哉(やまうちたかや)さんですが、いゃあ、まさに怪優というにふさわしい容貌ですよね。でも、ツンツルテンのスキンヘッドやない写真を見てみますと・・・
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この通り、結構イケメンじゃないですか!? 前回取り上げさせて頂いた小芝風花さんが出演されていた2015年のNHK朝ドラ『あさが来た』にこの山内さんも出演なさっていたのです。

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ほら、この通りで~す。『あさが来た』をワタシは毎日見ていました。なんで見てたかと言いますと、以前一緒にラジオ番組をやっていた笑福亭銀瓶さんからメールが来て、「出演してるんやけど、いつ出てるかわからへん」というので、毎日見なしゃあなかったんですわ。それで、以前も書きましたが、吉岡里穂さんとか清原果耶さんには注目していたんですが、この大番頭さんについてはそない気にしていませんでした。そやけど、昨年見た吉高由里子さん主演の『知らなくていいコト』で週刊イーストの特集班デスク黒川正彦役(冒頭の写真)をやってたのが、とても印象に残ったのです。というのは、吉高さんや他のメンバーと違って、ひとりだけアクのメチャ濃い関西弁でまくしたてていたのです。こら関西出身やないとでけへんわと思い、身近に感じたのかも。という訳で山内さんについて検索してみますと、『日々思うこと』なるサイトに、彼の経歴が載っていましたので、シェアさせて頂きます。

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お名前は山内圭哉さん
1971年10月31日生まれ 46歳
大阪府大阪市出身
血液型はAB型でかに座

なんと子役さんから活躍されていました!
デビュー作は「瀬戸内少年野球団」(写真右)
かの大女優、夏目雅子さん主演の映画です!
江坂タイガースで両親を亡くした級長足柄竜太役という重要な役で出演しています。

そして、夏目雅子さんと一緒に入浴シーンを撮影したことがあったそうです!

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それからワタシが、「え!?」と思ったのは、山内圭哉さんが幼少期からアカデミー児童劇団で役者としてのキャリアをスタートさせたと書かれていたことなのです!

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と言いますのは、彼が関西で老舗のアカデミー児童劇団に在籍していた頃、ワタシはその劇団に脚本を数本書いているので、彼はワタシの作品にも出演していたのでしょう。そしてアカデミーの児童劇団を退団した後、中島らもさん主宰の笑殺軍団リリパットアーミーに入団し、中心メンバーの1人として活躍したとか。その劇団公演、1993年の『天下御免の馬侍-紅葉城奇談-』か1994年の『桃天紅~烈風之拳~』(写真下)に出演し、僧正を演じてからスキンヘッドになったとか。すると22~23歳の頃からずっとスキンヘッドなんですね。

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そのリリパットアーミー主催の中島らもさんは、ワタシの中・高の10年後輩で、何かご縁があるような無いような・・・。
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それは兎も角、『日々思うこと』サイトによりますと、この「桃天紅」は、中島らもさんが山内圭哉さんに初めて書き下ろした(?)そうで、そのような経緯からか、彼は中島らも氏を師匠と思っていたとか。しかし山内さんは、リリパットアーミーを1999年に退団してしまいます。
少し寄り道かも知れませんが、リリパットアーミー設立の経緯は、Wikipediaによりますと・・・

ある日芝居を見た中島らもがあまりのつまらなさに怒り「こんなつまらないものを見せられるのならいっそ自分で芝居を始めよう」と自ら劇団の設立を計画し、時を同じくして劇団設立を計画しながらウェイトレスをしていた若木え芙(えふ)を中島がスカウトし「上下関係を廃した劇団、今までに無い芝居をする」と宣言し旗揚げした由。
当初の劇団員は、「駆け足が出来ない男」「母音しか発音できない男」「逆立ちができない男」の他に、稽古に遅刻、稽古がある事すら忘れる、本番もすっぽかすなど日常茶飯事で、酒盛りを始める、台本を無視してアドリブを連発する、など芝居の体をなしていない集団であったが、わかぎの罵倒や悪態、怒声と鉄拳制裁でかろうじて芝居の形を成し、ナンセンスなギャグを盛り込んだ芝居は劇団の知名度を徐々に上げていき、出演者にギャラが出る珍しい劇団となったのだ。
しかし、わざわざ芝居を見に来る客に暗い話は書きたくないと悲劇的な物語やドラマツルギーのある芝居を嫌い、ナンセンスギャグにこだわっていた中島と、人情モノを好み、起承転結のある芝居らしい芝居を目指したわかぎとの間でズレが生じ始め、副座長のわかぎが劇団を切り盛りし、芝居も舞台も徐々に巨大化した劇団内では規律と上下関係が出来上がり、実質座長が二人居る形となったのです。
そして、その頃の中島は、長期のトランキライザ服用による著しい心身の衰弱と躁鬱病によるトラブルが続いていた上、芝居に対する情熱も冷め、出演する舞台上ではチョイ役とほぼ客演扱いになり、1996年名誉座長から平座員に格下げとなってしまいます。

山内さんは中島派だったようで、そんな混沌とした状況の劇団から退団されたのでしょう。
その後、2001年に吉本興業の演劇集団『Piper』に加入(当時のメンバーは川下大洋と後藤ひろひ)、2002年に自身のプロデュースユニット『wat mayhem』を立ち上げ、『The Jizz Monks』(1993年 -)、『hate77』(2005年 -) 及び『人々』(2016年 -)など、 バンドの一員としてライブ活動も行っているのです。

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そして2011年に、「桃天紅 ~烈風之拳~」を再演されています。

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しかも、亡き中島らもさんの娘、中島さなえさんを脚色にむかえ、満を持して再演されたとか。晩年不遇の内に不慮の死を迎えた、中島らもさんを追悼する為の再演だったように、ワタシには思えます。
いゃぁ、魁偉な容貌に似合わぬ(?)情に厚い方なんですね。怪優山内圭哉さんの今後の魁偉ぶりを、益々ウオッチングしたいワタシなのです。


袖振れ合うも多生の縁396~小芝風花さんは、昨年からワタシが注目している女優さんの一人です。~

些か旧聞ですが、昨秋ワタシは小芝風花さんという女優さんが気になり始めました。以前も名前だけは知っていたのですが、どんな経歴の人か皆目知りませんでした。ところが、下記画像のドラマで注目するようになったのです。
でもコロナ騒動で、今春から連続ドラマは中断を余儀なくされたりして、ワタシの関心もあっちにふらふらこっちによろよろで、今やっと小芝さんのことを書こうと思い至った次第です。

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地方新聞、新神奈川日報の記者沢村政彦(松田龍平)の元に「ひき逃げ事件」の特ダネ情報が舞い込みます。小芝風花さんの役は、ひき逃げで夫を亡くし悲しみにくれる身重の妻なんですが、でも妻の敦子こそ犯人である、という情報なのです・・・。
久しぶりの特ダネに政彦は勢い込んだが、それは「誤報」だった、いや、政彦の同僚桐野(筒井道隆)が仕掛けた「虚報」である事を大学同期のネッニュース編集長三反園(松山ケンイチ)から指摘され、政彦は姿を消してしまった桐野を追いはじめます。一方かつて全国紙大日新聞の記者で政彦の父と盟友だった相賀正和(長塚京三)が政彦を訪ねてき、自分や政彦の父と同僚だった垣内智成(イッセー尾形)の自殺は、垣内が15年前に出してしまった「誤報」が原因ではないかと調べ始めていたのです・・・。

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とまあ、このような粗筋なのですが、ワタシは正直言って、松田隆平さんやイッセー尾形さんを見ようと思って見始めたのですが、ひき逃げと見せかけ夫を殺した殺人犯の嫌疑をかけられ、世間の目に怯え逃げ隠れようとする妻役に似つかわしくない、小顔で少し幼さの残る小芝風花さんに惹かれ始めたのです!
そして次は・・・

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昨年末のシリーズ『体感 首都直下地震』シリーズの「DAY1」から「DAY4」の4本は、東京とは別の架空の東京=“パラレル東京”で、M7.3の首都直下地震が発生した様子を、VFXを駆使し、ほぼリアルタイム進行するドラマ「パラレル東京」で別の彼女の一面を見たのです。

ドラマ「パラレル東京」のあらすじは・・・
NNJテレビのアナウンサーの倉石美香(小芝風花)は入社4年目、「ナイトニュース」のスポーツ担当サブキャスターで、突然発生した首都直下地震に巻き込まれメインキャスターが行方不明になったため、編集長である江口繁之(高橋克典)に自分が伝えると志願するのです。未曾有の被害を伝え続ける中、同僚が火災に巻き込まれ、自分の妹との連絡も途絶えてしまう・・・。首都東京は、そして日本は一体どうなってしまうのか・・・

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この役に取り組んだ時、彼女は以下のように語っておられます。

シナリオを手に取ったとき、もう本当に怖くて、恐怖で台本読みながら泣くっていう経験が初めてだったんですけど、涙があふれて、「これをやるんだ……」っていう恐怖とプレッシャーがまずのしかかってきて。そのあと、ニュースセンターで実際に地震が来たときの訓練をされているのを見たときもそうですし、とにかく怖い……。怖いし、「これを私がやらなきゃいけないんだ。これを伝えなきゃいけないんだ」っていうプレッシャーと不安が押し寄せて、結構始まる前に泣いてました。「私、大丈夫かな?」って、本当に怖すぎて

風花さんは大阪の堺市出身ですが、阪神淡路大震災未体験の1997年生まれですから、架空とはいえ大震災初体験で、相当怖かったのでしょうね。
ワタシはあの頃、里中満智子さん原作コミック「天上の虹」を舞台化したミュージカル『星になった万葉人』の稽古に入る直前で、当日は、里中満智子さんや歴史学者さんたちとのシンポジウムが予定されていたのですが当然キャンセルで、あーこれで公演も中止やろな・・・と思っていたら、数日後に公演は予定通り、ホテルを取るから稽古してくれとの連絡が入ったのです。ワタシは神戸市の東灘に住んでいて、東灘も結構倒壊など被害は大きかったのですが、わが家は無事で、公共交通機関を乗り継ぎ大阪に向かったのです。甲子園を過ぎ、尼崎を過ぎると何のことはない、別天地のようで、大阪なんか震災何処吹く風でした。ですから風花さんがもし生まれていても、堺だとそう怖くはなかったでしょうね。
話が、ワタシ自身の地震体験で脇道にそれ、大変シツレイ致しました。

処で彼女は、小学3年生から中学2年までの5年間、母親の全面的な支援のもと二人三脚でフィギュアスケートに打ち込んでいたそうです。

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そんなスケート少女が芸能界入りしたきっかけは、2011年の14歳の時に、CMでスケートする浅田真央ちゃんを見て「私もこんなCMに出たい」と口にしたのを聞いたお姉さんが、オーディション雑誌を買ってきて『イオン オスカープロモーション ガールズオーディション2011』に応募し、グランプリ受賞してしまったのです。
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グランプリ受賞から3年後の2014年、16歳での映画初出演が初主演となった『魔女の宅急便』では、第57回ブルーリボン賞新人賞、第24回日本映画批評家大賞新人女優賞を受賞したのです。
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翌2015年はNHKの朝ドラ『あさが来た』では、ヒロインオーディションの最終選考にも残っていて、選考にあたった脚本家の大森美香によると、「本当に大阪の豪商の生まれじゃないかと思える」ぐらいに抜群に良かったものの、残念ながらヒロインを演ずるには17歳と若すぎたので、ヒロインの白岡はつ(波琉)とぶつかり合う難役、はつの娘白岡千代に抜擢されたとのことです。そして、14歳から30代まで、少女から大人に成長する一人の女性の姿を、持ち前の向上心でリアルに熱演したと大いに評価されたそうです。

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しかし、当時ワタシは千代を演じた小芝風花さんには殆ど全くと言っていい程注目していず、千代と寄宿舎で同室の女学生田村宜を演じた吉岡里帆さん(写真下)には大いに着目していて、きっとこの先売れるやろと大いに楽しみにしていたのです。本当にそうなり、してやったり!と独り勝手に喜んでいるのであります。

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この朝ドラで注目していなかったけれど、後にえゝなあ! と思うようになった俳優さんとしては小芝風花さんの他に、大番頭山本雁助役の山内圭哉(やまうちたかや)さんがいるのですが、山内さんについては、次回ということに致します。

話を風花さんに戻しますが、彼女はいまどきの女の子で小顔ですよね。ワタシは小顔の女優さんと仕事したことがないので、小顔であることが有利なのかそうではないのか、そのあたりの判断がつきにくく、この先どのように伸びていかれるのか、大いに楽しみにしているのであります。ではでは。

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袖振れ合うも多生の縁395~「頑張る」という言葉は、人をくさす表現だった!?~

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今回も、友人の会社の月報ですが、少しピントが甘く読みにくいと思いますので、書き写してみました。

「子年は干支の初めやから、ボク、例年よりもっと頑張ります!」
「えらい張り切ってるけど、<頑張る>の<頑>は、<頑な(かたくな)>という字やから、<頑張る>の語源は<頑なに我を張る>こと、自分を押し通すジコチューのことや。あのな、宗教思想家のひろさちやさんが子供の頃は、<あの人頑張ってる>ちゅうのは軽蔑の言葉で、もっと温和になったらえゝのにとのイミやったそうな。」
「えー、知りませんでした・・・」
「それからな、<眼張る(がんはる)>=<目を張り付ける>が語源との説もあるねん。これやと<目の付け所がえゝ>とか、良い意味やわな。」
「そうか、他の人が出来へん面白い着眼点を見つけたら、えゝんですね。」
「でも、そら簡単なことやない。そやから私は、しんどい時でも笑顔でいられるように、<顔晴る>でいくわ。笑う門には福来たるや。」
「あ、それ良いですね。ボクもそないしますわ。皆さんもよかったら、今年一年笑って暮らしましょう!」

Say象のコメント:笑い声のないところに成功はない。(鉄鋼王カーネギー)

こんな文章なんですが、皆さんは<頑張る>という言葉をどのように受け止めていらっしゃいましたか? ワタシ自身は、ひろさちやさん程ではないですが、余りえゝイミにとらえていなくて、がむしゃらにやるよりも、何事も淡々とやる方が好みでした。
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でも、ひろさちやさんの仰る<頑張る>が、嘗ては<人をくさす>軽蔑の言葉だったとは! 全く知りませんでした。いつの頃から褒め言葉に変わったのでしょうか・・・。それから<頑張る>が<眼張る>で、<眼を張り付ける>、<目の付け所が良い>という意味なら、褒め言葉ですよね。

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え、突然、なんで、こんな写真が!?
あ、そうか、これ眼張り寿司や。眼張り寿司て目を見張るくらいでかいから、こんな名前を付けたそうですが、少しイミが違うようですわな。
ま、それはさておき・・・

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この満面の笑み、素晴らしいですね。カーネギーホールで有名な鉄鋼王、アンドリュー・カーネギーさんが、「笑い声のないところに成功はない」と宣うたように、ワタシも<頑張る>を<顔晴る>と書き換えるのに大賛成です。晴れ晴れとした笑顔てええもんですもんね!

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袖振れ合うも多生の縁394~相手が返球し難い球を打ち合う意地悪ゲーム(?)、テニスの語源をご存じですか!?~

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この画像は、以前も取り上げさせて頂いたことがあるワタシの長年の友人、Kさんの会社の月報です。
テニスというスポーツの成り立ちについて、へぇー、成る程と思わせるところがあったので、シェアさせて貰いました。
画像では文面が些か見づらいので、下に書き写しますと・・・

「S'il vous plaît(シルブプレ)(お願い)Say象クン、一緒にテニスやりたいんやけど。」
「突然フランス語、それにテニスて、今はまだ STAY HOME でしょう!」
「勿論や。そやけどテニスてフランス語の<Tenez(テネ)>が語源で、動詞<Tenir(トゥニル)>、<持つ>とか<保つ>という言葉の丁寧な命令形、つまり<取って下さい>とお願いして球を打ち返す掛け声から名前が生まれた優しいスポーツなんや。コロナが終息したら絶対やろと思(おも)てる。」
「先の楽しみを持つのはえゝことですもんね。あ、テニスて相手に取られへん処へ打つ意地悪ゲームと違(ち)ごたんや。」
「本来はね。あのな、上皇様が皇太子時代、美智子様と軽井沢でなさってたような思い遣(や)りテニスをやりたいのや。それにテニスだけやのうて何事にも思い遣りは大切やから、現在(いま)私は自分を守り家族を守り他の人達を守る為に、自分なりの新生活様式を模索しています。」「よし、ボクも新しい暮らし考えるわ。」
「頼むで。それからもう一言(ひとこと)。クヨクヨ止めてニコニコしたら、免疫の守君は元気モリモリ、頑張(顔晴(がんば))ってくれると思うよ!」

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テニス2.jpg
上の写真は大坂なおみさんと錦織圭さんですが、それはさておき・・・
月報に書かれているようにテニスはフランスで発展した競技で、テニスの語源は、球を相手に打ち込む時のかけ声、<Tenez!(テネ)>です。<Tenez>は動詞<Tenir(トゥニル)>の命令形、しかも丁寧な言い方、相手に「取ってください」と呼びかける声が、テニスの語源で、このスポーツの大本なのです。
現在のテニス競技は、相手にリターンされないように難しいボールを打ち込むのが当たり前の意地悪ゲームになっていますが、本来は全く違っていたんですね。「取って、取ってちょうだい、取ってくださいね。」という本来のテニスはどこへ言ってしまったのでしょうか。

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この子供なんかも、意地悪テニスをするのでしょうか? 顔つきからみると、思いやりテニスかな?
あ、あった、あった、ありました、思いやりテニスをやってた人が。
もう何十年前になるのでしょうか、現在の上皇様が皇太子時代、皇太子妃になられる前の美智子さまと、軽井沢でなさっていたテニスが、思いやりテニスだったのではないでしょうか。

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意地悪テニスから思いやりテニスへの回帰って良いんじゃないでしょうか。
プロの競技は兎も角、フレンドリーな人間カンケーが築けるのでは・・・
それに、テニスならコンタクトが少ないから、コロナウイルスに感染することも少ないでしょうね。現在は夏場でコロナは下火・・・と思いきや、早くも第2波がスタートしたようですが、秋からの大波にそなえて、免疫力アップの為、何か適度な運動をするとか、どんな新生活様式をしてコロナと共存しようかと思っているワタシなのであります。

ウイズコロナ1.png
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袖振れ合うも多生の縁393~スポーツの和名って結構面白いですよ。~

明治時代の野球.jpg前回のブログで、<ベースボール>を<野球>と訳したのは、旧制一高OBの中馬庚と書きましたが、ベースは塁、ボールは球だから、
<塁球>と訳しそうなのに
<野球>としたのは、野原のような広い所でやるからでしょうね。
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では、<テニス>は庭くらいの広さが必要だから、<庭球>なのでしょう。
そんなことを思っていると、色々なスポーツ和名を知りたくなり、一寸調べてみました。

○アーチェリー:洋弓。日本の弓道、和弓に対し洋弓と表記。
○アイスホッケー:氷球。氷上でホッケーを行うので。
○ホッケー:杖球(じょうきゅう)。スティックを使うから。
○アメリカンフットボール:鎧球(がいきゅう)。プロテクター(鎧)を用いるから。
○ウォーターポロ:水球。水中での競技だから。

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○ゲートボール:門球(もんきゅう)。日本発祥で門に球を通し点を取り合うから。○ゴルフ:孔球(こうきゅう)。球にディンプル(孔)があるので。

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○サッカー:蹴球。足でボールを蹴るから。
○セパタクロー:籐球。セパ(蹴る)+タクロー(ボール)は籐で作るから。
○ソフトボール:塁球。ソフト(軟・柔)+ボール(球)だから、軟球か柔球では? 塁球を英訳するとベースボールやで。

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○テーブルテニス:卓球。日本では中国名由来のピンポンとも呼ばれています。
○ドッジボール:避球(ひきゅう)。当てられないように避けるから。

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○バスケットボール:籠球。籠にボールを入れるから。
○バドミントン:羽球。羽の付いた球を打ち合うから。バトミントンでなくバドミントン(badminton)。
○バレーボール:排球。自分の陣地に来たボールを相手のボールに返すからとの説あり。でも私は、セッターがアタッカーに球を排するからと推測。
○ハンドボール:送球。中国語では手球と書く。

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バレーボール.jpg

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○ビリヤード:撞球(どうきゅう)。「撞」は「つく」の意で、「玉突き」とも言われる。
○ボウリング:十柱戯(じゅっちゅうぎ)。10本のピンを倒すから。ピンて柱?
○ボクシング:拳闘。拳(こぶし)で闘うから。これって名和訳!と思いませんか?

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ボウリング.jpg
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○ラグビー:闘球。ワールドカップで人気絶頂、まさに闘い球を奪い合う競技!○ラクロス:棒網球・袋球。網の付いた棒を使いボールをゴールに入れるから。

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ラクロス.jpg
この他、剣道は「KENDO」、柔道は「JUDOU」と外国でも呼ばれていますが・・・

剣道.jpg柔道.jpgフェンシング.jpg
フェンシングは洋式剣術??? いえ、そうじゃなく、和名はありませんでした。
ながながとお付き合い下さり、ほんまにほんまにありがとさんでござりました。

袖振れ合うも多生の縁392~俳人正岡子規の号のひとつに野球というのがありますが、これは「やきゅう」でなく「のボール」と読むのです。~

マリアさま1.jpgプロ野球もやっと始まり、関西の糾弾はセパともに前代未聞とも言うべき惨憺たる有様ですが、それはさておき、先日いしいしんじさんの「マリアさま」を読みました。
いしいしんじさんは京都在住で、坪田譲治文学賞や織田作之助賞、河合隼雄物語賞などを受賞されているユニークな作家さんで、ワタシは結構ファンなんです。
処で、いしいさんの小学生の息子ひとひクンは、クレージーケンバンドのボーカル横山剣さんの熱烈ファンだそうです。それでひとひクンの誕生日祝いに、お父さんのしんじさんが親友である剣さんに連絡したところ、剣さんは押っ取り刀で駆けつけてくれ、ひとひクンは狂喜乱舞したとか。
普通息子の誕生日会に、剣さんのようなビッグシンガーに声をかけたりしませんわな。いしいしんじさんは、そんな風変わりな一面のある方のようです。いしいしんじさん1.jpg
さて、下の写真は俳人の正岡子規ですが、「マリアさま」に一寸面白いことが書いてありました。正岡子規1.jpg
それはミニSFで、野球大好き人間だった正岡子規が、現在のプロ野球を観戦するシーンなんです。ピッチャーの投げた球に「何という速さだ!」とたまげ、「あんなでは、棒(バット)に当たるまい。いやはや、退屈な試合になりそうだ」と嘆くのです。
明治時代の野球.jpg
と言いますのは、明治初期も投手はみな下手投げで、打者のリクエストに応じて、高め、真ん中、低めを投げ分けていたとか。気持ちよく打たせてアウトを取るのが、良い投手の条件だったそうです。こんな投手が良いピッチャーなら、マエケンもマーくんも、ど下手や・・・と言われるのでしょうね。
処で、正岡子規は本名が升(のぼる)だったので、野球(やきゅうでなくて、のボール)という雅号を使っていたこともあったとか。子規の像にもバットを持っている姿のがけっこうあるようですから、ホンマに好きやったんですね。
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子規は野球という号を使っていたことがあるので、ベースボールを野球と訳したのは正岡子規と思われているようですが、さにあらず。ベースボールを「野球」と訳したのは旧制一高OBの中馬庚であり、「野球」がはじめて活字になったのは、明治28年(1895)の『一高野球部史』(中馬庚著)の由。ワタシは遠い昔、野球少年だったので、昔日を懐かしく思い出した次第です。
ではでは、今回はこの辺で。
今日こそ、タイガースもオリックスも頑張ってや! いや、雨で試合せんほうがええかもね・・・

袖振れ合うも多生の縁391~「ぼくはイエローでホワイトで、ブルー」から「ぼくはイエローでホワイトで、グリーン」へ ~

え、何、何? イエローにホワテトにブルーにグリーン!? えーと、色の三原色はCMYK(シアンcyan・マゼンタmagenta・イエローyellow)、光の三原色はRGB(赤Red・緑Green・青Blue)ですわな。
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一寸余計なことから書き始めましたが、今回は光の三原色も色の三原色もカンケーなく、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』というのは、保育士・ライター・コラムニスト、ブレイディ・みかこさんの目下メチャ注目を集めているノンフィクション・エッセーなのです。
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この本がどんな中味なのかと言いますと、出版元新潮社のHPによれば・・・

優等生の「ぼく」が通う元・底辺中学は、毎日が事件の連続。人種差別丸出しの美少年、ジェンダーに悩むサッカー小僧。時には貧富の差でギスギスしたり、アイデンティティに悩んだり。世界の縮図のような日常を、思春期真っ只中の息子とパンクな母ちゃんの著者は、ともに考え悩み乗り越えていく。落涙必至の等身大ノンフィクション。
著者は、アイルランド人の夫と息子と3人で英国のブライトン在住。
“底辺託児所”で過ごした息子はカトリック系の名門小学校に進学しましたが、中学校進学が大きな転機に。名門のカトリック系中学に進学するか、地元の公立“元底辺中学校”に進学するか、その判断は息子の手に。そして息子氏は、果敢にも元底辺中学校への進学を選択するのです。そして著者は冒頭の「はじめに」にて、「中学生の日常を書き綴ることが、こんなに面白くなるとは考えたこともなかった」と記すことになるのです。
著者の言葉は誇張でも何でもなく、本当に面白い。
毎日、次々と驚くことばかり、まさに興奮尽きなし。明日は何が起きるのだろうかと、頁を繰る度にワクワクする程です。
ただ面白いというだけでなく、その中身が素晴らしい。
毎日問題にぶつかる度に息子氏が示す反応に、何と健やかな逞しさを感じさせられることか。
それらにおいて息子氏の抱く疑問もまた然り。
ただ、その疑問に適切な回答を示せる大人がいてこそ、子供は正しく育つのだ、という思いを新たにします。
(※ホント良い息子さんですよねぇ~、惚れ惚れします)
しかし、移民が多い国、地域とはこんなにも問題、課題が多いことかと思います。普通に学校に通っているだけでも、様々な問題や疑問がいくらでも湧いてくるかのよう。
大人にとっても、とても為になるなぁ、と思える一冊です。
ひとつの枠にはまった考え方しかできない大人の、何と情けないことか、とも感じさせられます。だから大人もきちんと問題、課題に向かい合わねば。
一応、息子氏が中心軸ですが、ある時は息子氏に驚かされ、ある時は息子氏と一緒に疑問を感じ、共にあれこれ考えるという著者の姿勢もお見事。
小説以上に面白く、つい興奮させられ、時に感動尽きず、という掌篇的なノンフィクション。
是非、お薦めです!

とまあ、出版社はPRしていますが、一読してホンマに面白いのです。書店の皆さんも、しゃかりきに力を入れてはります。
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書店の方だけやのうて、こんな方達もベタ褒めしてますよ。
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そやけど、流石プロの物書きさんは短い中にうまいこと、的確に中味を表現しはるなあ・・・と感心させられました。ワタシも一応プロの物書きやったこともあるんですが、いやぁ、脱帽ですわ。著者のみかこさんは、識者や書店員のみなさんにこない言うてはります。

 みなさんお忙しい中、わざわざ私のような不届き者の酒飲みババアの駄文について時間を割いて書いてくださっていて、いやちょっと泣きそうになっています(←けっして酔っているからではない)。
 ふつう、本を書いたときには「よっしゃー!」とか「うーん……」とか正直いろいろ感慨はあるんですけど、この本に関してはあまりに自分に近いところにある物事を書いているので、よくわからないというか、いったいこんなものを人様が読んでおもしろいんだろうか。という気持ちしかなかったので、励みになります。書店員のみなさま、本当にありがとうございます。サンクス・ア・ミリオンどころか、サンクス・ア・ビリオンです。

さてと、人様の感想ばかり書いてないで、ワタシもひとこと。下の写真は、同著の帯を撮った表紙ですが、このイラストって、みかこさんのお子さんですよね。で、靴を履いたというか、履きおえたというか、そんな少年の単なるポーズと最初は思っていたのですが、さに非ず!
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この子は他人の靴を履いたところなのです!なんで他人のクツやねん!? フツー自分のんを履くわな。でも、このイラストが他人のクツを履いたとワタシが言う訳は、下に掲載しました同著の目次の 5 誰かの靴を履いてみること をフィーチュアしているからなのでしょえう。

1 元底辺中学校への道
2 「glee/グリー」みたいな新学期
3 バッドでラップなクリスマス
4 スクール・ポリティクス
5 誰かの靴を履いてみること
6 プールサイドのあちら側とこちら側
7 ユニフォーム・ブギ
8 クールなのかジャパン
9 地雷だらけの多様性ワールド
10 母ちゃんの国にて
11 未来は君らの手の中
12 フォスター・チルドレンズ・ストーリー
13 いじめと皆勤賞のはざま
14 アイデンティティ熱のゆくえ
15 存在の耐えられない格差
16 ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとグリーン

一読して多々感心させられるところ満載なのですが、ワタシは5が最も印象に残ったのです。

「エンパシー(empathy)とは何か」との問題が、息子の中学の期末試験に出たのです。「empathy」って普通、「共感」とか「感情移入」と訳されてますよね。あなたなら何と答えますか? ワタシなら、「sympathy」との違いについてゴチャゴチャ解答してしまいそうですが、息子さんは、「自分で誰かのクツを履いてみること」と書いたそうです。 “stand in someone's shoes”という英語の定型表現は、他人の立場に立ってみるという意味だそうです。むむむ、成る程、これこそエンパシーですね!
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スケートシューズはいてもワタシなんか手すり磨きが関の山で、スケーターの立場に立つなんてフカノーです。
ま、そんなことはさておき、息子さんは学校で先生から、<EU離脱やテロの問題など世界中で起きている混乱をキミ達が乗り越えていくには、自分と違う立場の人々や、自分と違う意見を持つ人々の気持ちを想像してみることが大事で、つまり他人の靴を履いてみること。これからはエンパシーの時代である>と教わっているそうです。まさに、その通りですね。日本の中学校では、このようなことを教えているのでしょうか。
という訳で、他人の靴を履くイラストを表紙にフィーチュアした同著装画担当、中田いくみさんにあっぱれ!
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イエローでホワイトな人だから、ブルーな気分だった息子さんは、今は自分の存在をグリーンと感じていられるのです。グリーンとは、「未熟」「経験が足りない」とかの意味と彼はとらえていて、自分は今、そのカラーだと思っているそうです。今後、彼は人生経験を経るにつれて、どのようにカラーチェンジされるのでしょうか。Good luck Kids ! Good luck MIKAKOSAN !



袖振れ合うも多生の縁390~Do You 能? レバノンから来た能楽師の妻、素晴らしき新作能をサポート!~

レバノンと言えば、何かニュースで聞いたことがあるような・・・えーと、何やったかな? あ、そうそう、元日産会長のカルロス・ゴーンさんが逃亡した国ですよね。
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それはさておき、内戦の勃発し続けているシリアの隣国が、レバノンなんです。このレバノンもシリア同様内戦が繰り広げられており、そんなレバノンから日本にやってきて、しかもお能の観世流シテ方、梅若猶彦さんの奥方になられた方がいらっしゃいます。

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ご覧の写真がそのお方、梅若マドレーヌさんですが、マドレーヌさんの書かれた『レバノンから来た能楽師の妻』で彼女のことを知りました。

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2014年2月18日の日本経済新聞朝刊にマドレーヌさんについての記事が掲載されているのでシェアさせて頂きますと・・・
Do you 能?
世界に発信
能楽師の外国人妻、
欧米・アジアで公演や
イベント企画
梅若マドレーヌ
室町時代からの能の歴史で初めての外国人妻として観世流シテ方の夫、梅若猶彦を支えて30年余り。内戦を逃れて祖国レバノンから来日、結婚後は海外公演やイベント制作を通して能の魅力を世界に発信している。

戦火避けレバノンから
ベイルートで1958年に生まれた。
今はほとんど撤退しているが、当時は日本企業の中東における拠点都市で、40社ほどが進出していた。73年には姉が日本人の元駐在銀行員と結婚して日本で暮らし始めていた。
レバノンで内戦が起きたのが75年。激化する戦闘を避けるために翌年、姉を頼って17歳で兵庫県に移り住んだ。神戸市のインターナショナルスクール、カナディアン・アカデミーに入学。そこで同級だったのが同い年の猶彦だ。14歳で父の梅若猶義を亡くし、母親の方針で同校に入った日本人生徒第1号だった。
日本の古典芸能の中では能に面白さを感じてはいたが、猶彦と高校時代に特別親しくなることもなく、コンピューターサイエンスを学ぶため英国の大学に進学。米国の大学院を経て81年、再び来日して大阪大学大学院に入った。再会した猶彦は伯父の二世梅若万三郎のもとで修業を重ねていた。交際を始めて83年に結婚することとなった。
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前代未聞の国際結婚
能の世界で前代未聞の国際結婚。日本人でも敬遠するくらい厳しい伝統の世界だ。しかし夫は「心配ない」と断言し、結婚に際して和服の着付けを習わせたり、能楽師夫人としての作法を教えたりはしなかった。
とはいえ実際にこの世界に足を踏み入れてみると、驚くことは多かった。楽屋では夫の後を歩く。和室ではひざまずいてお辞儀をする。夫の和服をたたむ――。一部の能楽師とそのご夫人から注意を受けることもあったが、夫は「うちの問題だから」と言って私には何もさせなかった。
周囲からは「1年もたない」などと言われたが、自分なりにできることは身に付けた。日本語を改めて勉強し、和服もなるべく着るようにした。84年に生まれた長女ソラヤが3歳で初舞台を踏んだころは、和服に身を包んで楽屋で奮闘していた。
子供に衣装を着せる.jpgしかし次第に、自分が能楽師の妻としてできることは日本語を話すことや和服を着ることではないのではないかと考えるようになった。
能の魅力を外国の人々にも知らせたいと思い、在日大使館を通して外国人を招待する催しを始めた。レバノンの家族からは「大学院まで行ったのに」と言われたが、その経歴を捨ててでも能の魅力を広め、日本人には自国の文化に自信を持ってほしいと思って取り組んだ。そうして続けた公演が功を奏して、外国政府から海外公演を開くよう声が掛かるようになる。

ローマ法王臨席で舞台
忘れられないのは88年、バチカン宮殿内の謁見(えっけん)の間で当時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世臨席の舞台を実現したことだ。上演したのは夫の母校の上智大学で教授を務める門脇佳吉神父が創作した能「イエズスの洗礼」。私のアドバイスも加味して完成した。戦時中に俳優や脚本家としてポーランドの地下演劇を担っていたという法王は熱心にご覧くださり、キリストの物語が能の舞台に現れたことについて「(日本におけるキリスト教の)聖なる土着化である」と喜んでいただいた。
また91年から4年間は夫がロンドン大学の誘いで客員研究員となり一家で英国に移り住んだ。英国内だけでなく近隣の欧州各国で簡単な公演やレクチャーの機会を設けることもあった。
9.11の1カ月後に予定されたニューヨーク公演も思い出深い。上演を諦めかけたとき、当時のジュリアーニ市長から「芸術は屈してはいけない。やるべきだ」とメッセージをもらい、予定通り実現した。
英国留学の縁で夫は後に同大学ロイヤルハロウェー校演劇学部の客員教授に就任。また現在は静岡文化芸術大学教授のほかフィリピン大学国際研究センターの客員教授も務め、欧米やアジアに能の魅力を伝えている。

能舞台や教壇に立つのは夫だが、二人三脚で能の新たなチャレンジを進めてきた。国内外の方々が私に「あなたの努力のおかげで能が受け入れやすいものになった。ありがとう」と声をかけてくださる。がんばってきた甲斐があった。
伝統的な能はもちろん大好きだ。しかし私たちはより親しみやすい新しい能の世界を、若い人たちと一緒にもっと作っていきたい。

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又、日本語で読むアラビアニュースに、ダイアナ・ファラーさんなる方がマドレーヌさんについてこんな記事を載せておられます。
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岩波新書より発売されたばかりの『レバノンから来た能楽師の妻』の著者、マドレーヌ・ジャリル・梅若氏は、レバノンから逃れ来日した後の自身の「人は己の困難に打ち勝つことができ、己を見つけることができる」ことを読者に示したいと考え自伝を書いたと話す。(中略)
梅若氏は約600年の歴史のある家系、梅若猶彦氏との結婚がきっかけでその伝統の世界に入っていった。能楽は日本伝統の舞劇で、コンテンポラリーダンスのような動きと歌を通して物語を演じる。
能の話のあらすじは大抵の場合、歴史や文学が題材である。
「この600年の伝統を持つ能楽は保守的な世界に適応するだけでなく、国内の外国人コミュニティーと海外に能を広めなくてはならなかった」と著者は話す。また、梅若氏は、夫と子供たちと共にレバノンで新作能を3つをプロデュースしたことにも言及した。(後略)

同著の読後、彼女がプロデュースした新作能について調べてみましたが、いゃあ、とても面白そうで、上演される機会が有れば是非観たい!と強く思った次第です。ですから、そんな新作能の一端をご紹介させて頂きます。

国際交流基金企画制作舞台作品『リア』
リア2.jpg 演出 シンガポールのオン・ケンセン。脚本 日本の岸田理生。
インドネシア・シンガポール・タイ・中国・マレーシア・日本など、各国の出演者及びスタッフ達逸材が結集!

リア3.jpgシェークスピア「リア王」の王と娘の構図を借りるも、長女に父を殺させ、女性側から父権性を鋭く描く。リアに能の梅若猶彦、長女に京劇の江其虎。

リア4.jpg次女にタイの現代舞踊家ピーラモン・チョムダワット。
リアの世界に侵入し掻き乱す女には片桐はいりなど、異色で多彩な才能を結集させた。

又、音楽にはシンガポールのワールド・ミュージックの旗手マーク・チャン。
振付にはインドネシア・コンテポラリー・ダンスの精鋭ボーイ・ワサクティ。
小道具には小竹信節など、創作スタッフも個性溢れるメンバーとなった。
1995年9月からまる2年をかけて制作され、97年9月に日本初演、99年1月~2月にアジア・豪州ツァー、同年6~7月に欧州ツァーを敢行した。各地でおおいにメディアを沸かせ、欧州では、文化・芸術を専門とするテレビ・ネットワークARTEによって数カ国で全編放映された。(国際交流基金HPより要約)
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能とブラジルコルデル文学にテクノロジーを融合させた創造的マルチメディア現代能『地獄の門を叩く男』
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ブラジル民衆詩「コルデル文学」を題材にした現代能「地獄の門を叩く男」は、両国の伝統文化の交流を促進しようという企画で、ブラジル伝統のコルデル文学は恋愛から英雄、社会風刺などさまざまテーマがあり、ランピオンという盗賊の物語は特に人気だとか。
20世紀の詩人ジョゼ・パシェコが著した「ランピオンの地獄訪問」が今回の現代能の原作で、悪事の末に処刑されたランピオンは、地獄入りをサタンに拒まれる。黄金色の能衣装をまとった梅若猶彦さんが演じるランピオンは、「悪人の自分がどうして地獄に行けないのか!」とばかりに戸惑いつつ怒り、ついに地獄を焼き払う。その抑制された端正な舞いが、盗賊の激しく憤怒する心中を伝えたそうです。
〝静〟の能に対し、ランピオンと対するサタンの兵士たちは〝動〟で応じ、空手家の中町美希、ブラジル格闘技「カポエリスタ」の森陽子が登場し、突きや蹴りといった攻撃の型を軽やかに演武されます。
お囃子はサンバのリズム楽器の演奏。
舞台装置として最新鋭のプロジェクターが使われ、光と影が織りなす幽玄の世界をつくり出し、芸術のあらゆる破天荒な遊びが展開される遊戯場のようだとか。最後は「Opa(オーパ)!」(ブラジルの言葉で「あらまあ」との意味)、笑みがこぼれる大団円を迎える。
演出・脚本の梅若ソラヤ(猶彦とマドレーヌの長女)さんはじめ出演者やスタッフに、観客から祝福の拍手が両国の観客から浴びせかけられたそうです。(47文化プログラムHPより要約)

SUAC×SPAC連携シンポジウム公演現代劇『イタリアンレストラン』                       
(SUACは静岡文化芸術大学、SPACは静岡舞台芸術センターの略)

『イタリアンレストラン』は、能のシテ役者であり文芸大の教授でもある梅若猶彦の作・演出である。
「現代劇」と付けているのは、能のシテによる作・演出というと、能作品かと間違う人もいるかも・・・という配慮から。

物語;
大文字マリコという名の能楽師、名は女性のようだが男で、大文字は能楽の様式に心身とも呑み込まれ、生と死の境界に生きている。
能では一般的にシテは既に死んだ者で、この世に残した何らかがある為、亡霊となって現れる。
ワキは僧等の役が多く、亡霊の思いを聴いてやり、弔って彼をあの世に送る。
大文字は、常に能面(般若)を被っていて、もう何年も不眠生活を送っており、食も水も摂らないで生きている。つまり、生と死の境界に生きているのである。そんな大文字はある日、長野県野尻湖畔の超高級イタリアンレストラン「ベリビーヨストラスブルク」に行く。女主も客も風変わりな人物ばかり。
大文字はそこでひっそりともの静かな女性と出会い、一緒に食事をする。食事をすると言っても、大文字は面を被っているから、実際はステーキをナイフで切って口迄運んでも食べる事はできない、ワインも飲む事はできない。

彼女とは不思議に気が合い、映画を観るなどデートを重ねるようになり、遂に肉体関係も結ぶ。その最中も大文字は面を被ったままである。
ある日も同じレストランで遅い時間に食事を楽しんでいるうちに、彼女はトイレに立ったまま、いくら待っても帰ってこない。 奇妙に思った大文字は、店の女主に訊く。すると、あなたはいつも1人でここに来ていて、同伴者などいた事はない、との返事が返ってくる。
彼女と昔アパートで同居していた女性の許に、警察が訪ねて来て、行方不明だった同居女性の焼死体が発見されたというエピソードが挟まれる。
大文字は、一緒にいた女性はどうしたのか、彼女は何だったのか、困惑する。
最後に大文字は赤いワインを実際に呑む。すると、それはまるで血のように喉元を流れ、厳粛な音楽の中、彼は意識を失い倒れ死に至る。大文字の死は何故か、幸福に満ちているように見えた。
生死定まらぬ境界の上に生きてきたが、やっと死という安定した涯に落ち着く事ができたのである。彼は能シテ役者を生き、そしてそのシテの役柄通りに死んだのである。
(ソーシャル・ネットワーキング・サービス mixi より要約)
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パリ日本文化会館公演創作能『オンディスーヌの呪い』

「私は呼吸生理学者として長年呼吸の研究を行って来ました。呼吸と心の関係を見出してからは呼吸の美しさを表現したい!と思うようになり、呼吸と情動の繋がりを芸術美として魅せる為に、新作能「オンディーヌ」を創作しました。」(本間生夫)

(筆者注:中枢性無呼吸症候群は別名、「オンディーヌ」と呼ばれています)

泉の世界の妖精オンディーヌは、人間の世界の男に恋をし、泉の世界の王の忠告も聞かず、その男ハンスと結ばれる。
王は、もしその男がオンディーヌを裏切ると死ぬ、という呪いをかけた。

二人はしばらく、愛し合って暮らすが、あるときハンスはオンディーヌを裏切り、ハンスは呪いによって死んでしまう。
物語は、ここから始まる。時が過ぎ、人間の世界に降りたオンディーヌは老女となり、森の中、泉のほとりの苫屋でひとり、ハンスを思い続けていた。
オンディーヌは純粋なただひとつの魂(息)をもつ、心優しい妖精である。
オンディーヌを心配する泉の王は、オンディーヌのためにハンスをこの世に甦らせる。
但し、再びオンディーヌを裏切ると、ハンスの息は止まり、オンディーヌからハンスの記憶がすべて失われるという呪いをかけて・・・。(「本間生夫の呼吸ワールド」を要約)

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オンディスーヌの呪い3.jpg
オンディスーヌの呪い4.jpg
他にも色々あるのですが、この辺にしておきましょう。みなさんはどの作品をご覧になりたいですか? ワタシはやはり『イタリアンレストラン』ですね。と言いますのは・・・いや、再演されるのを待ち、感激してから又ブログに取り上げさせて頂きたいと思います。
ではでは。

袖触れ合うも多生の縁389 ~深く静かに哀しみが心の奥底から湧き上がる絵本、それが「ZENOBIA」です。~

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『ZENOBIA(ゼノビア)』は、シリア内戦を生きる少女を描いグラフィックノベル(長いストーリーを備えたコミック)で、2016年11月にデンマークで出版されて以来、世界15カ国で翻訳され数々の賞を受賞しています。そして、この本を日本でも翻訳出版したいと、クラウドファンディングが始まり、2019年10月に出版されました。発起人は、『ZENOBIA』の著者であるデンマークのMorten Dürr(モーテン・デュアー。写真下)さんの留学時代からの友人、荒木美弥子さん(写真下の下)で、偶然SNSでモーテンさんに再会し、彼が児童書作家になったことを知り、本や海外アートが好きな荒木さんは、「どんな絵本なの? 見せてほしい!」と連絡したところ、送られてきたのが『ZENOBIA』でした。

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【あらすじ】
シリアのある小さな村の少女アミナは、大好きなパパとママと3人で、貧しくても幸せに暮らしていた。でも、シリア内戦が刻々と近づいてきていた。
ある日、アミナはひとりでお留守番をしていた。パパとママが帰ってきたら食べて貰おうと、食事の支度をして待ち続けた。ずっと、ずっと待っていた・・・。
家の扉がノックされた。パパとママが帰ってきたんだ!
ドアを開けるとおじさんだった。
「パパとママはもう帰ってこない。おじさんと船に乗って外国に逃げるんだ!」

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でもお金が足りなくて、アミナひとりボートに乗ることになった。
そしてボートは荒波に襲われ転覆し、アミナは深い深い海に沈んで行った。
「広くてなんにもない」
「ここならだれにもみつからない」
アミナはママとかくれんぼしたことを思い出していた。
「アミーナ、わたしのアミーナはどこ?」
「ここだよ ママ 」「わたしは海の中」
ママがわたしをみつけて、一緒にお料理したことを思い出していた。

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そして、勇敢なシリアの女王ゼノビアは、ローマ帝国にも屈しなかったと話してくれたことも思い出していた。
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アミナがくじけそうになった時、お母さんはよく「ゼノビアのように強くなりなさい」と元気付けてくれたのだ。
でも・・・
「広くてなんにもない」
アミナが見たのは、様々な藻が絡み魚たちの住処、撃沈された艦船ゼノビア号の残骸だけだった。

子どもの目線で描かれた不条理が、静かな哀しみとともに、ワタシの胸にじわじわっと迫ってきました。言葉を出来るだけ少なく抑え、繊細なイラストで紡がれた『ZENOBIA』のメッセージは、国を超えあらゆる世代の人々の心に、戦争の哀しさ愚かさを投げかけてきます。

『ZENOBIA』の著者デュアーさんは、この本の制作動機を次のように語っておられます。

第1に、人々に立ち止まってゆっくり考えさせることです。
ソーシャルメディアで難民について議論する代わりに、この本を読んで静かに考える時間を持って欲しいのです。ただ立ち止まって考えてみて欲しい。「難民になるとはどういう意味だろうか?」「自分がそのような状況にあったとしたらどのように感じるだろうか?」と。
第2に、私は子どもたちにも読んでもらえる本にしたかったのです。
なので、絵が大きく文字の少ない、とてもシンプルな本にしました。世界で何が起こっているのかについて子どもたちと話すことは非常に大切だと思います。子どもたちはどんな方法あっても、情報を見つけることはできます。例えば、インターネットで難民や世界の他の問題についてのニュース記事を見つけるでしょう。しかし、オンライン記事は彼らを混乱させたり怖がらせたりするかもしれません。
ですから、本がいいかもしれませんね。彼らはこの本を読んで、「この本は何について書かれているのか」、「この本の中で何が起こっているのか」について、大人に尋ねることができます。
これら2つの理由で私は本を書きたかったのです。

そう、デュアーさんの意図されたことは、この本のどの頁にも見られると思います。ですからワタシに孫がいるなら、是非ともプレゼントしたいですね。
ではでは。
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袖振れ合うも多生の縁388~シリア内戦の殺戮は果てしなく哀しく・・・~

グラフィック・ノベル『ZENOBIA』は、シリア内戦で故国を捨てざるを得なかった少女の物語です。

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先ず、シリア内戦が勃発した経緯について、「honcierge(ホンシェルジュ)」という現代社会の様々な社会的課題を5分で分かるようにわかりやすく解説してくれているHPからシェアさせて頂きますと・・・

2011年3月から始まった「シリア内戦」。
きっかけは2010年末から2011年のはじめにチュニジアで約1ヶ月間続いた「ジャスミン革命」と呼ばれるものです。
26歳の青年モハメド・ブアジジが、政府への抗議を表すために焼身自殺を図り、20年以上大統領を務めていたベン・アリーが亡命、政権は事実上崩壊しました。抑圧的な独裁者が長期政権を敷くアラブ諸国に、大きな影響を与えます。
エジプトではその数日後から反政府デモが発生。翌2月には30年以上続いたムバラク大統領の独裁政権が倒れ、リビアでも40年以上続いたカダフィ政権に終止符が打たれました。これら国境を超えた大規模な反政府運動を「アラブの春」と呼びます。アラブの春の波はシリアにも届きました。

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初期はデモ行進やハンガーストライキなど市民による抵抗運動でしたが、毎週金曜日におこなわれる礼拝のたびにインターネット上でデモが呼び掛けられ、運動は過激化していきます。
2011年3月15日、シリア各地の都市で一斉にデモがおこなわれ、抗議者と治安部隊が衝突。この日がシリア内戦の始まった日だとされています。
反政府側の要求は、すべての政治犯の釈放と、抗議者を殺害した者への裁判の実施、令状なしで容疑者を拘束できる「非常事態法」の撤廃、汚職の根絶、さらなる自由です。政府側は、政治犯の釈放や非常事態法の撤廃、内閣の辞職など要求の一部を受け入れて譲歩を示しましたが、市民の行動は収まりません。政府側が軍を投入して鎮圧を図ると、市民も武装して対抗するようになりました。
さらに政府軍の大佐だったリヤード・アスアドが離反し、「自由シリア軍」という反政府武装勢力を結成。兵士たちも次々に合流しました。

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「政府」対「市民」という構図から、「政府軍」対「反政府軍」という構図へ発展し、シリア内戦が深刻化していったのです。

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ホンシェルジュの解説には記述されていませんが、下図のようにアメリカ及びロシアの他、諸外国や様々なテロ組織が絡み、シリア内戦は代理戦争の様相を呈していて複雑怪奇なのです。

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内戦が始まってから8年が経った2019年3月15日に発表された、英国で活動する反体制NGOのシリア人権監視団の報告によりますと、シリア内戦による死者は約37万人、難民は約1300万人にのぼると考えられています。内戦前の人口が約2250万人だったので、実に約6割の人が難民になっている計算で、その後も犠牲者の数は刻々と増加し続けているというのが悲しい現実です。

上記死亡者数(2011年3月15日から2018年12月10日までの7年9ヶ月間に確認された死者総数は36万7965人)の内訳を調べてみますと・・・
市民:11万1330人18歳以下の子供2万819人、18歳以上の女性1万3084人
死亡した民間人11万1330人の死亡状況の内訳は・・・
●シリア軍、親政権民兵が殺害:4万3575人(うち男性2万7171人、子供1万166人、女性6238人)
●シリア軍の爆撃で死亡:2万5581人(うち男性1万6196人、子供5742人、女性3643人)
●シリア当局が拘置中に死亡:1万6063人(うち男性1万5874人、子供125人、女性64人)
●ロシア軍の爆撃で死亡:7988人(うち男性4853人、子供1936人、女性1199人)
●米主導の有志連合の爆撃で死亡:3709人(うち男性2080人、子供942人、女性687人)
●トルコ軍の攻撃で死亡:836人(うち男性539人、子供181人、女性116人)
●トルコ国境警備隊の狙撃で死亡:415人(うち男性303人、子供75人、女性37人)
●反体制諸派の殺害:7807人(うち男性5894人、子供1185人、女性728人)
●ダーイシュの殺害:5356人(うち男性4517人、子供467人、女性372人)
なお、シリア当局の拘置所で拷問によって死亡したとされる約8万8000人、ダーイシュ(シリアを中心に活動するテロ組織)に拉致された行方不明者5200人以上、シリア軍兵士・親政権民兵の行方不明者4700人以上、反体制諸派、シャーム解放機構、ダーイシュなどが拘置している政権支持者2000人以上など、消息が確認できない者は上記の内訳に含まれていない。

イスラーム主義者を含む反体制諸派、シリア民主軍などのシリア人戦闘員:6万3561人
離反将兵:2619人
シリア軍将兵:6万5048人
親政権シリア人民兵:5万296人
親政権外国人民兵、シーア派民兵:8049人
旧シャームの民のヌスラ戦線、ダーイシュ(イスラーム国)、トルキスタン・イスラーム等、ジュンド・アクサー機構、ジュンド・シャーム機構、ハドラー大隊、チェチェン・シャームの兵、そのほかレバノン人、イラク人、パレスチナ人、ヨルダン人、アラブ湾岸諸国出身者、北アフリカ諸国出身者、エジプト人、イエメン人、イラン人、アフガン人、スーダン人などの戦闘員:6万5108人
身元不明:279人

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政府軍にも反政府軍にも、それぞれを支援する諸国にも、それぞれの言い分はあるのでしようが、国内に留まっている国民が4割とはまさに国家崩壊の危機ではないのでしょうか。何とかならないものか・・・切歯扼腕するばかりのワタシなのです・・・。

ではでは、次回はそんなシリア内線に翻弄されたひとりの少女のものがたり『ZENOBIA』をご紹介させて頂きます。

袖振れ合うも多生の縁387~シリア内戦とパルミラ王国の女王ゼノビアと~

今回のタイトルは、「シリア内戦とバルミラ王国の女王ゼノビア」ですが、シリアで内戦が長期間続いていることは知っていても、どのような経緯で戦いになったのかをワタシは知りませんでしたし、ましてパルミラ王国なんて帝国があったことも、その王国の女王ゼノビアのことも全く知りませんでした。なのにこの2つを取り上げたのは、『ZENOBIA』というグラフィック・ノベルと袖触れ合ったからなのです。

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シリア内線下に生きる少女アミナ。アミナの大好きなお母さんは、「ローマ帝国にも屈しなかった私達の国の勇敢な女王、ゼノビアのようにあなたも強くなりなさい。」といつも励してくれていたのです。そしてお母さんが亡くなり、アミナひとり故国を離れ難民ボートに乗り込み、地中海を漂流することになるのです・・・。このようなあらすじなんですが、この本はとても良くて、深く静かに感動させてくれました!
という訳で、このグラフィツク・ノベルの蘊蓄を傾ける前に、シリア内戦とパルミア王国の女王ゼノビアについて、少し触れたいと思います。

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パルミラ王国(上の地図緑色部分)とは、3世紀頃通商都市パルミラを首都とし、シリア・アラビア・エジプトなどを支配していた国家で、ゼノビアとは、パルミラ王国の女王と呼ばれていた人物なのです。『やまとなでしこめざします ~退屈な人生を色彩やかに~』なるブログにゼノビアの一生をダイジェストしていましたので、シェアさせて頂きます。

3世紀、シリアの都市国家パルミアにゼノビアという美しい女王がいた。
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ゼノビアの美貌に関しては、19世紀イギリスの歴史家、エドワード・ギボンが、
ゼノビアの美貌はクレオパトラに劣らず、貞節と勇気は遥かに勝り、全ての女性の内で最も愛らしく、そして英雄的とされた。彼女の歯は真珠のように美しく、大きな両目は不思議な輝きに満ち、魅力的な甘美さがこれを和らげていた。』
と称えているように、〝オリエント屈指の女傑〟とまで言われた女性ゼノビア。
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240年に生まれたゼノビアは、シリア語や古代エジプト語・ラテン語・ギリシア語・アラビア語を話し、学問にも秀でホメロスとプラトンの比較論や歴史書を著したほどの才色兼備な女性で、騎馬術にも優れた才能を見せ、贅沢好きで美貌と英知を兼ね備えていました。そんなゼノビアは、自らをカルタゴの女王やアッシリアの女王、絶世の美女クレオパトラ7世の後継者と自称する程自尊心の高い女性でした。

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そして258年、18歳の時、パルミラ王オダェナトスの後妻となり、息子ウァバッラトゥスを産み、267年に夫オダェナトスが甥のマエオニウスに暗殺されると(夫の暗殺はゼノビア自身が権力を握るため仕組んだとの説もあるようです)、幼い息子を従えて広大な領土を統治し、すぐさまパルミラの勢力拡大をひたすら目指し、軍勢を周囲に差し向けて、エジプト、小アジアを征服し、更に大胆な野望を抱いたのです。
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今までパルミラはローマ帝国に対し恭順政策をとっていたのですが、ローマ帝国に反旗を翻し、完全な独立を目論んだ結果、267年にローマ帝国より事実上独立を果たし、パルミラ帝国とまで呼ばれるようになったものの、270年に戦術家として知られるアウレリアスがローマ皇帝になると状況は一転、ゼノビアはアウレリアスを一度は撃退したのですが、ローマ帝国の大軍には勝てず、ゼノビアはローマ軍に捕らえられ捕虜になりローマへ連行され、274年アウレリアス皇帝の凱旋式でローマ市内を捕虜として屈辱的な市中引き回しの辱めを受けたのです。しかし、ゼノビアは自らを黄金の鎖で縛らせ、その美貌と威厳をローマ市民に示してみせたのです。

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その後、ゼノビアは亡くなった(処刑された?)とされてきましたが、事実はローマ近郊にある高価な別荘を与えられ、社交界で活躍し大変贅沢に暮らしたとか。又更に驚くべきことに、ゼノビアはローマの元老院議員と再婚していたのです!
そしてゼノビアは数人の娘を産み、その娘もまたローマの高貴な身分の人々と結婚したとか。キラキラキラキラ
皮肉なことにゼノビアに勝利したローマ皇帝アウレリアスは、275年に暗殺されたので、ゼノビアは皇帝アウレリアスよりは長生きしたとされていますニコニコラブラブラブラブ

このようにゼノビアの一生を要約した『やまとなでしこめざします』さんは、
精神科医曰く 「人は、受け身の我慢で不幸になる」
主体性を持って自分の人生を切り開いていくこと。
ということを、メッセージとして伝えたかったようです。

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では、お次はシリア内戦ですが、長くなってきましたので次回と言うことに致します。でではでは。




袖振れ合うも多生の縁386~瞑想で心の内に集中していたら、世間には火事場泥棒が!?~

前回は歩行瞑想で心安らかになったことを書きました。
しかし歩行瞑想をし、心の内に意識を向けているだけではいけない問題が今、世間では起こっています!

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そう、新型コロナとそのどさくさ紛れ、この国のエライ人が起こしている火事場泥棒です!
コロナは人災ではないかも(もしかして生物兵器?)しれませんが、カジドロは紛れもなく人間の悪意のなせる業なす!

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検察庁法改正案については、ツィッターで700万以上もの猛烈な反対の声があげられているにも関わらず、強行採決されようとしています。この法案が如何にあってはならない改悪法案なのか、ワタシが縷々述べなくても、皆さんもよくご存じでしょうから、画像をシェアするにとどめておきます。

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安倍ソーリが、ソーリの用心棒と巷間噂されている黒川某氏を検事総長にしたいのは、森友・加計・桜に続く、第4の隠された闇!を暴かせない為ではないか・・・と政界では憶測されているそうです。その真偽は知る由もありませんが、もしこの法案が可決され、安倍ソーリの「恣意的な人事をすることなど毛頭あり得ない」という内閣委員会での答弁が真っ赤な嘘で黒川氏が検事総長になっても、これ程世論の反対が燃え上がった現状では、河合夫妻を不起訴にすることの他、検察を歪めることは出来ないのでは・・・という見方もあるようです。
しかし、今後どんな政権が出てくるかも知れませんし、もし検察庁改悪法案が可決されたなら、ワタシは来年秋の総選挙で、改悪法案を改正する公約を掲げる政党に一票を投じたいと思っております。
と、ここまで書いたのは5/17日(日)でしたが、翌日5/18(月)21:53配信の朝日新聞DIGITALに、「やった!」と一寸だけ思える記事が載っていました。
    
政府・与党は18日、検察庁法改正案について今国会での成立を断念することを決めた。幹部ポストを退く「役職定年」の年齢を過ぎても、政府の判断で検察幹部にとどまれる規定の新設が、ツイッター上などで強く批判されていた。ただ、次期国会で同法改正案の成立をめざす姿勢は崩していない。(中略)
政府は「必要、そして重要な法案」(菅義偉官房長官)との認識は変えていない。次期国会でも法案の修正や撤回はせず、役職定年の特例を適用する基準をわかりやすく示すことで国民の理解を得たいとするが、野党側は今後も特例削除などを求める方針だ。立憲の枝野幸男代表は「恣意的な役職定年の延長ができる仕組みは、切り離してやめさせるという最終ゴールに向けて、さらに頑張っていきたい」と語った。

廃案でなく、継続審議というのが不気味ですね。ですから、喉元過ぎれば・・・でなく、しつこく執拗にウォッチングし、国民の意見を吐き続けないといけませんね。それから、政府が恣意的に運用できる特例はとんでもないことですが、高齢化社会の今日、国家公務員や検察官も定年延長というのは、あながち悪い事とは言えません。でも、コロナ騒動で倒産が相次ぎ死活をかけて営業自粛している最中に、国家公務員の定年延長を決めようだなんて、お役人って結構なご身分だよな・・・とやっかみたくなる人達もいることを、忘れないで欲しいものですね。

あ、それから、もひとつ火事場泥棒があるようで、それも用心しないといけませんね。
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年金の受給開始年齢を75歳まで繰り下げる年金改革法案について、政府は75歳まで受給を引き延ばせば「毎月の受給額が84%も増え、お得になる」とアピールしていますが、実際には所得税や保険料がその分高くなり、生涯に受け取る総年金額はむしろマイナスになるケースもあるとの試算も出ているのです。
この国の、高度経済成長に貢献してきた高齢者たちの老後の福祉については、平時に堂々と時間をかけて、議論を尽くすべきやおまへんか?
ま、ソーリはじめエライ政治家皆さんは、年金なんかアテにしておられないのでしょうが。私は既に65歳から国民年金を取っているので、我が身に火の粉が降りかかることはないでしょうが、でも、一言書かずにはいられませんでしたので、最後に取り上げさせて頂いた次第です。ではでは。

おっとっと、5月19日に、「今国会で検察庁法改正案強行採決断念、継続審議」云々と書いたのですが、またまた急転、黒川某氏が緊急事態宣言下、賭麻雀をしていたとかで、辞表を提出せざるを得ないようになりました。ワタシはこの速報に唖然とせざるを得ませんでした!

「賭けマージャンをしていたのなら、緊急事態宣言下でなくても、黒川氏自身が検察の幹部どころか検事である資格すらなく、法律家としての資格はない!」

と、『羽鳥慎一モーニングショー』の辛口正論コメンテーター、玉川徹さん(写真下左。右は羽鳥さん)は断じておられます。

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ワタシは、麻雀など賭け事は一切やりませんが、世間には多少金銭を懸けて麻雀をやっているようです。でも、これって賭博罪、ホンマは犯罪なんですよね。ま、そないカタイこと言わんと、ほんの遊びやないかちゅうご意見もあるでしょうが、黒川氏が常習犯か、又反社会的組織の資金源になるような高額を懸けていたかどうかは判りませんが、法に触れる人を裁判にかけるかどうかを決める立場のお人が、そないなことしたらアカンわな! 法務省の対処も、人事院の決まりと異なり一番軽い訓戒ですませ、辞表はすんなりと受理されたのです。今年一月末、検察庁法の解釈を強引に変え、黒川氏なしでは検察業務に重大な支障をきたすと称して、黒川氏の定年延長を閣議決定したのに、あっさり認めるてどういうこっちゃろ??? 黒川氏退職後、検察業務は大いに困るのとちゃいますのん?

それから、黒川はんは軽いお咎めの訓告を受けての退職やから、退職金が減額されることはおまへんのや。因みに黒川某氏の退職金は7000万円を超えるとか・・・ま、人様の懐を云々するのはどうかと思うお方もいてはるでしょうが、これって国民の税金から支払われるのやからな。

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最後にもう一言。
黒川さんと同期だった弁護士の若狭勝さんと郷原信朗さんによりますと、黒川さんは出世欲に取り憑かれたガリガリ猛者(亡者?)でもなく、冗談も面白いし、人当たりの柔らかな、人間味のある人物だったそうです。
そんなお人か何故、政権に操られ利用されるような、法律家として最悪の事態に陥ってしまったのか・・・。
きっと、いえ多分、何処かで人間性が変わってしまったのでは・・・。
もし、そうなら、これを機に本来の自分に立ち返って、心安らかに心穏やかに、第二第三の人生を歩んで欲しいと、一面識もないワタシですが、烏滸がましくも願っております・・・。
ではでは。





袖振れ合うも多生の縁385~歩きながら、散歩しながら、瞑想出来るんですよ!~

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ご覧の写真は競歩で、ワタシは競歩をやったことないのですが、メチャしんどそうですね。走った方が楽やないんかな。
それはさておき、ワタシは現在、歩行瞑想をやっています。普通の散歩は10数年、毎朝欠かさずやっていましたが、5年前から散歩旁々ゴミ拾いをやっていたのです。でもゴミ拾いって、ずっとやってると結構腹が立つことが多いんですよ。「何でこないににボイ捨てするんや!? ええ加減にせえ!」 と心中毒づいてしまうんで、こらイカンと思い直し、ゴミ捨て人がゴミを捨てる時に、その人の心に生じる思いがその場に残っている筈なので、その残留思念に向かって、「ジョイナス、 一緒に拾おうよ。」 と心の中で呼びかけたりしていました。すると何故か腹立ちが治まるのです。
しかし、又別の不具合に気付きました。それは、四六時中下ばかり向いて歩いてしまい、路傍に咲く花や梢にとまっている小鳥、そして悠々と流れる雲ゃ遠くの山々を眺めることが、皆無になってしまうのです。

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この儘では近視眼的思考に陥り、遠い眼差しでものを見ることが出来なくなるのでは・・・と些か畏れ、ゴミ拾い散歩は丁度5年でビリオドを打ちました。その時、一つのことを終えると又何かが始まるやろな・・・と思っていたのですが、何が始まるのかは考えてもみませんでした。処が先日どういう理由もないのに突然、歩行瞑想をしようと思い立ったのです。瞑想というと下の写真のように座って行うと思いがちですが、歩いていても出来るのです。

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では、歩行瞑想というのは一体どんな瞑想なのでしょうか。『マインドフルネス・イニシャティブ』なるHPに歩行瞑想の解説がありましたので、シェアさせて頂きます・・・。

歩く瞑想(歩行瞑想)とは、マインドフルネス瞑想の一つで、歩くときの身体の感覚を観察することにより、意識を「今、ここ」に向けて、マインドフルネスを養います。「マインドフルネス (mindfulness)」とは、英語で「気が付いているということ」という意味で、何に気が付いているかというと、「今、ここ」で起こっていることについてです。
「今、ここ」で起こっていることに気が付くのは簡単なことに思えますが、いつもそうとは限りません。私達はよく、すでに終わってしまったことを何度も思い返して悔やんだり腹を立てたり、あるいは、将来のことが不安で、考えが堂々巡りしていることがあります。そのようなときは、「今、ここ」で起こっていることに気が付いていません。マインドフルネスとは言えません。心ここにあらずの「マインドレス」な状態です。過去のことや将来のことをつらつらと考えているときは、無意識のうちにネガティブな感情に傾いて、強いストレスを受けることがあります。マインドフルネスを学ぶことによって、意識的に「今、ここ」で起こっていることに注意を向けて、ストレスを減らすことができるのです。
ところで「マインドフルネス」は、仏教用語の「正念 (Sati)」 の訳語でもあります。マインドフルネスの意味は、もとは仏教やヨガの修行法から来ていて、意識的に、今の瞬間に、価値判断せずに、注意を払うことなのです。

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又、マインドフルネスについては、この道の大家であられるジョン・カパット・ジン博士によるものが最も有名で、博士は『意識的に、今の瞬間に、価値判断せずに、注意を払うこと』と定義されています。(下記博士略歴はWikipediaより)

カバットジン博士1.jpg1944年~。マサチューセッツ大学医学大学院教授・同大マインドフルネスセンター創設所長。国際観音禅院の崇山行願に師事。ケンブリッジ禅センター創設。仏教の修行法と教理を科学と統合。ストレス、悩み事等の対応術としてマインドフルネス瞑想を広める。

では、マインドフルネス瞑想の一つである歩行瞑想について話を進めましょう。再び『マインドフルネス・イニシャティブ』からシェアさせて頂きます。

片方の足の裏に意識を集中し、この部分の感覚を観察します。車椅子や杖を使っていて、足の裏を観察できない場合は、手や膝など、別の部分を観察してもかまいません。ゆっくりと一歩づつあるきながら、各動作の足裏の感覚を観察します。好奇心と優しい気持ちを持って観察しましょう。最初のうちは「片足を上げる」「空中を前に進める」「床に下ろす」のそれぞれについて分けて観察します。慣れてきたら、さらにゆっくりと、細かく動作を分けて、「片足を上げる」「前に進める」「床に下す」「床に足がつく」「体重をかける」の個々の動作の感覚を観察します。

いゃあ、これは大変だ!
でも、ワタシのやっている歩く瞑想はもっと簡単です。
平地と下り坂を歩く時は「歩(阿 あ)・る・い・て・い・る・よ・吽(うん)! 歩(阿 あ)・る・い・て・い・る・よ・吽(うん)! あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す!」を、上り坂の時はだ・い・ち(大地)・を・ふ・み・し・め・歩(阿 あ)・る・い・て・い・る・よ・吽(うん)! あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す!」を一言ずつ区切って、一歩毎に心の中で称え続けます。これで結構、歩いていることに意識を集中出来るのですが、しかし称えていながら他のことに意識が移っている場合もあるのです。それをチェックする為、上り坂は「大地を踏みしめ歩いているよ、うん」、下り坂と平地は「歩いているよ、うん」と違う言葉にし、上り坂なのに「大地を~~」と称えていなかったり、平地や下り坂なのに「大地を~~」と称えていたりするのに気付くよう、チェックする仕掛けにしている他、必ず左足からスタートし、「歩(あ)」か「だ」か「ありがとう」の「あ」の時は左足を、「うん!」か「す!」の時は右足を出しているのをチェックするようにもしているのです。
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このやり方は、歩行瞑想をしようと思い立った際、ほな、どないなやり方をしたらええやろか、と予め考えたのやのうて、歩き始めたら、ふと思いついたのです。でも現在はこのやり方で、意識が「今、ここ」、歩くことから離れていても、すぐに「今、ここ」、歩くことに立ち戻ることが出来ています。そしてこの歩行瞑想で少しは身についた(?)心を切り替えるすべで、過ぎ去ったことを思い返し悔やんだり、過去に遭遇した理不尽な出来事に腹を立てたりすることが少なくなり、穏やかに安らかに日々過ごしております、ハイ。
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袖振れ合うも多生の縁384 ~葦原瑞穂さんのスピリチュアルな名著『黎明』再び!~

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今回も霊性に関する名著『黎明』についてですが、下の画像はいずれも<日本は世界の雛形>との説に基づくものです。
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九州がアフリカ大陸に、四国がオーストラリア大陸、紀伊半島はアラビア半島、本州はユーラシア大陸、北海道は北米大陸という具合に、日本の地形の各部が、世界地図の各所のかたちと相似であり、このように日本地図が世界地図によって表現できるということ、日本と世界の地形が相似的関係にあるということは、「日本の国土は世界全土の縮図であり、日本は世界の命運を担っている特別な国である!というのが、「日本は世界の雛形論」なのです。
日本のカタチは世界の縮図やなんて、そんなん偶然やないかと皆さんは思われるでしょうね。ワタシもそう思いますわ。
しかし、この論は「竹内文書」にも見られます。
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一寸横道にそれますが、竹内文書とは、神代文字の記された文書と、それを武烈天皇の勅命により、武内宿禰の孫の平群真鳥が漢字とカタカナ交じり文に訳したとする写本群と、文字の刻まれた石や鉄剣など一連の総称で、アカデミズムからは古代文書を装った偽書とされています。
それは兎も角、古神道的文脈では雛形とは霊的モデルという意味合いをもち、その雛型が出現することには、神的な経綸が働いていることを暗示している」と解釈されるのです。つまり日本は神的な経綸に基づく神の定めに依り、長大な時間をかけ地理地形のみならず、あらゆる意味で世界の縮図になるよう、仕組まれていたと言うのです。
実は、この「日本は世界の雛形である」というのは、大本教聖師・出口王仁三郎のことばで近年に広まりました。大本神歌の外八州・内八州史観を見てみますと・・・
「日出る国の日の本(日本国)は、全く世界の雛型ぞ。神倭磐余の君(神武天皇)が大和なる、火々真の岡に登り坐、蜻蛉の臀甞せる国と、詔せ給ふも理や。我九州は亜弗利加に、北海道は北米に。台湾嶋は南米に、四国の嶋は豪州に、我本州は広くして、欧亜大陸其儘の、地形を止むるも千早振、神代の古き昔より、深き神誓いの在すなり…」
「日本は世界一、地の中枢である。熱帯に枕し寒帯に足を延し、あらゆる気候、あらゆる土質風土の凝聚地である。すなわち世界一切の小宿写である。否、世界万邦の中つ国として、万国統治の中府である。霊域であるこの霊域、日本国の中府に大御柱アオウエイの母音なす金龍海が神示に因りて、築づかれたのである。名づけて大八洲と称し、世界の縮写とす」

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           国常立尊に扮した出口王仁三郎

『黎明』のことでなく、日本雛形論について書き連ねてきましたのは、葦原瑞穂さんの『黎明』もこの論に言及されているからで、葦原さんはこの論を是とされています。ですが葦原さんが是とされたから、このブログに取り上げたのではありません。このような根拠を求めようもない問題は真か偽りかでなく、信じるか信じないかだと思うワタシなのですが、このことに関しては半信半疑、いえ、六信四疑なのであります。では何故、書く気になったかと申しますと・・・

『地球人類の霊的指導に(日本人が)携わるという任務は、あらゆる人々の僕(しもべ)となり、人類に仕えるということですから、他の人達よりも自分が勝(すぐ)れていると思うような迷いは、自我そのものの性質から生じる自惚れであり、人を導くどころか、最も未熟な意識状態を露呈するものだということを、肝に銘じておいて欲しいと思います。』

『黎明』の中で葦原さんは、「日本人は世界中の人達より、はるかに勝れた優秀な唯一の民族である!」と国粋主義に陶酔している無知蒙昧な輩に厳しく警告を発しておられますから、この戒めを一人でも多くの方達に是非とも知って欲しいと思い、敢えてシェアさせて頂いた次第であります。

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