袖触れ合うも多生の縁167 ~伝える! 伝わる! 伝えたい!~

前回に続いて袖触れ合った方の話です。
画像
ご覧の写真はNHK朝ドラで現在放映中の「あさが来た」に出演されている女優の萬田久子さんです。萬田さんの役は維新、と言うても政党やおまへんで。維新は維新でも明治維新前の、大阪の老舗両替商山王寺屋の家付き独り娘菊が萬田さんの役で、辰巳琢郎さんが婿養子の夫なのです。そして一人息子惣兵衛に嫁として主人公あさの姉を迎えますが、明治の御代となり両替商は潰れ、和歌山に夜逃げした後、ミカン栽培を始め成功するのです。しかし菊は、大阪で山王寺屋の暖簾を再びあげることに縋って生きてきたのでした。でも、それが出来ないことが分かり悲しみますが、このミカン山が、此処がわての山王寺屋やと思うに至り、安らかに息を引き取るのです。とまあ、これが先日放送された処ですが、私が萬田さんと袖触れ合ったのは40年程前、1978年のことです。
画像
彼女はまだ帝塚山短大の学生さんで、ミスユニバースの日本代表になり、私はミス・ユニ関連のABCTV番組を構成していたので取材でお逢いしたのです。私が、「ミス・ユニになって貴女の人生、変わるのと違いますか?」と尋ねた処、「はい。芸能プロからお誘いの話がもう来てますけど、大学に残って勉強したら・・・と恩師の先生は勧めてくれてはりますし、どないしょうか迷てます。」と彼女は心境を明かしてくれました。
そして彼女は翌年上京しタレント活動を始め、すぐにNHK朝ドラ「なっちゃんの写真館」に出演し、あれよあれよという間に売れっ子になってしまいました。
画像
画像画像















洋装も和装もOKのベストドレッサー賞に輝き、写真モデルとしても売れっ子になったんですが、数年後妻子のある男性との不倫報道のスキャンダルで週刊誌をにぎわし、マスコミを避けニューヨークで出産、相手の男性が離婚後も籍を入れず事実婚を貫くなど波瀾万丈でした。40年前、もし萬田さんが芸能界を選ばず、院生となり博士課程に進まれていたら、人生は大きく違っていたでしょうね。ま、どちらが幸せかはわかりませんが。
画像
そうそう、萬田さんだけでなく、今回の朝ドラで萬田さんの夫役の辰巳琢郎さんとも袖触れ合ったことがありました。辰巳さんがまだ京都大学の学生さんで、学内劇団「卒塔婆小町」を主宰されていた頃、スクールメイツ大阪校の校長、片山女史がプロデュースされるミュージカル公演の企画があり、辰巳さんが演出、私が脚本、中川昌先生が音楽で、一度お逢いしたのです。
「いゃあ、プロの先生方と仕事出来るなんて!」と彼は率直に喜んでいて、なかなか好感のもてる好青年でした。彼から貰った名刺には、<つみつくろう>というペンネームが書かれていました。因みにその公演はスポンサーの関係でぽしゃってしまい、辰巳さんとはその時一度会っただけでした。それから、辰巳さんを先日の大阪府知事選の候補に担ごうとした党がありましたが、もし立候補していたら当落は分かりませんが、彼も又人生の道筋が変わっていたことでしょうね。

こうして振り返ってみると、私も色んな方と袖触れ合ってるんやな・・・とつくづく思う次第であります。
これから先、もし触れ合う人があるなら、そのご縁も一つ一つ大切にし、一期一会であり続けたいものです。
ではでは。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック