袖触れ合うも多生の縁193 ~大師いまだにおわします~

前回に引き続いて高野山探訪で、今回は大師廟と燈籠堂と大門と金剛峰寺です。
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ご覧のように大師廟に参る奥の院って要するに墓地なんですが、歴史上の人物の菩提所があったり、一般の方のお墓があったりするんですが、普通の墓地と違い何か神々しい、いえ、仏々しい・・・仏々しいなんて言葉あらしませんよね。ま、負のエネルギーがないと言いますか、カラッとしてるように感じました。所々にお大師さんの像があり、村のはずれのお地蔵さんやないけど、お参りに来られる方々を<見てござる>ようです。
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ご奇特なお人が建立されてるんですね。あ、そうそう、普通の墓地と違うのは、相当背の高い木立に囲まれているので、仰ぎ見ると遙か上空にぽっかりと青空が見え、何だか神社の神域を思わせました。
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上の写真は御廟橋で、これから先は撮影禁止の聖域です。下のはいつの時代か不明ですが、大師廟のアーカイブです。
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アーカイブの次は手前にお賽銭箱が見えますが、そこまでは一般の参詣人が参ることの出来るエリアで、賽銭箱の奥に見える柵、その次の写真では白い柵になってますが、その柵の奥にあるのが大師廟で、ここに大師はいまもおわします・・・と言われています。処で、グーグルの画像検索で面白いと言うか、私にとっては興味深い図を見つけました。
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大師廟の断面図です。私達は御廟の中に入ることは出来ませんが、この図が正しければ大師様は地下の石室に安置された石棺に鎮座ましましているのです。この石棺に魂の出入り口があるのが嬉しいですね。お大師さんの魂は日夜高野山を、いえ四国88ケ所を同行二人で廻っておられるのか、はた又日本中を世界中を、平和を祈って行脚なさっておられるのでしょうか。御廟の後ろ(断面図では)というか、右横の燈籠堂には入ることが出来、私は入り口からチラッと見遣っただけなのですが、まあ何千もの燈籠が所狭しと吊り下げられた様は壮観の一言です。画像画像










この光景に魅惑され心に灯をともした私は揺れる火影に見送られ奥の院と真逆の西の端の大門へ。
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大門を見上げ阿吽像とにらめっこを・・・大門は見上げましたが、仁王様とにらめっこはせずに、金剛峯寺へ。
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金剛峯寺で色々な襖絵が面白く、四季の柳を描いた柳の間は秀次が自害した部屋だそうで、柳に雪折れなしと言うのに自ら命を絶たざるを得ないよう追いつめられたとは・・・合掌。そろそろ少し長くなって来たので、他の部屋については詳述しませんが、我が国最大の石庭である蟠龍庭がなかなかよか良かったですよ。
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まだまだ見たい処は一杯あったのですが、お山滞在時間5時間、早々に夕日に見送られ下山致しました。再見!
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