袖触れ合うも多生の縁195 ~斑鳩って地名はイカルという鳥からきてる?~

現在執筆している作品に聖徳太子が登場するので、太子ゆかりの地、斑鳩の里に行こうかと思い少し調べてみました。
画像
画像
画像
画像
上の4葉は斑鳩の里の風景写真で、それぞれ結構良いですね。行楽の秋の一日、野山をのんびりとぶらつくのも、気持ちがリラックスして癒されるかも。処でなんでサイズの違うのを並べたかと言いますと、大きさ=私の行きたい度合いではなくたまたまサイズが違ってしまっただけで、何のイミもありません。画像画像画像画像
私が斑鳩の里で出逢いたいのは、地名の語源であるイカルという鳥なんです。イカルはウィキペディアによれば、木の実を嘴(くちばし)で廻したり転がしたりするから古くは「マメマワシ」や「マメコロガシ」と呼ばれたり、









木の実を好んで食べるから「まめうまし」、「豆割り」などと呼ばれたそうです。又イカルという名前の由来は鳴き声が「イカルコキー」と聞こえるからとも言われているそうですが、はっきりしていないとか。処でイカルの鳴き声をYouTubeで聞いてみたんですが、「イカルコキー」とは全然聞こえなくて、私には「ツキホシヒー」と聞こえましたし、多くの文献にもイカルは「月、星、日ー」と鳴くと書かれています。
さて、さてさて、斑鳩の里と言えば法隆寺ですが、法隆寺が建立される前に聖徳太子がこの地で斑鳩寺という学問所を建てられたとか。斑鳩寺は寺と名が付くものの仏教寺ではなく、神道・儒教・仏教の三つの教えを極める研究所のような施設だったとか。太子がこの地に、一族が寓居する斑鳩宮と斑鳩寺を建てた訳は、斑鳩の里に舞い遊ぶイカルが「月、星、日」と鳴くのに心を寄せ、聖書に書かれている、<太陽の輝きがあり、月の輝きがあり、星の輝きがあり、それぞれ違っている>との言葉(新約聖書コリント人への第一の手紙の一節)を思い浮かべたからいう説があるのです。そしてこの説では、太子が信奉したのは仏教でなく、原始基督教が基となっている神道だというのです。皆さんは嘘や!と思われるかも知れませんが、色々調べてみるとあながち出鱈目とは言い難く、仲々興味津々たる処があるのです、ハイ。このような説もわが作品に取り入れ、現在鋭意執筆中です。乞ご期待!
それはさておき、斑鳩寺は落雷で全焼し、その跡地に太子を仏教擁護者とし祀り上げたい時の為政者が、法隆寺というバリバリの仏教寺を建てたのです。そんな思いを抱きつつ法隆寺を眺めたいと思っております。
ではでは。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック