袖触れ合うも多生の縁294~8月15日は終戦でなく敗戦記念日で、その視点から領土問題を考えました。

8月15日は確かに戦争が終わったので終戦記念日ですが、この日をそう呼ぶのは敗戦ししたのを思い出したくない、隠したいとの意図が込められています。多くの識者達がそのようにコメントしていますし、白井聡さんも「永続敗戦論」で同じ趣旨のことを述べておられます。
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このことは前回も書かせて頂きましたが、白井さんの「永続敗戦論」は文庫本になる程読まれています。そんな著書で、白井さんは戦後日本は未だに敗戦を永続しており、「永続敗戦」の代表が領土問題であり、沖縄の米軍基地問題にほかならず、尖閣諸島(写真下)をはじめとする領土問題に解決の目途が全く立たない理由は、現代日本の抱える領土問題が第二次世界大戦の敗戦処理の問題であると仰っているのです。
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前回に続いて、「オルタ広場」なるメルマガに掲載されている白井聡さんの「永続敗戦論からの展望」をコピペさせて貰いましょう。

これらの領土問題の処理は、カイロ宣言、ポツダム宣言、サンフランシスコ講和条約といった日本が受け入れた(敗戦により受け入れざるを得なかった)諸外交文書の文言によって原則的に規定される。この事情から見れば、日本政府が掲げる「固有の領土」論には相当の無理があるとみなさざるを得ないのだが、このことは敗戦を意識の外に追い遣った国民にはほとんど理解されていない。こうした現状は敗戦を否認し、「あの戦争は負け戦ではない、単に終わったのだ」という歴史意識を国民に刷り込んできたことの結果にほかならない。

では先ず、カイロ宣言、ポツダム宣言、サンフランシスコ講和条約とは何なのかを簡単に纏めてみましょう。カイロ宣言とは、第二次世界大戦末における対日方針を協議する為、1943(昭和18)年11月22日からエジプトのカイロで開催されたフランクリン・ルーズベルト米大統領、ウィンストン・チャーチル英首相、蒋介石中国国民政府主席による首脳会談を受けて12月1日に発表された宣言で、下の写真は英文のものと米軍飛行機から蒔かれたビラですが、「カイロ宣言」は日時や署名がなく、公文書も存在しておらず、宣言として扱うことが適切か否かについては議論があるのですが・・・。
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公文書かどうかはさておき、このカイロ宣言を踏まえたポツダム宣言は1945年(昭和20年)7月26日にアメリカ合衆国大統領、イギリス首相、中華民国主席の名において大日本帝国(日本)に対して発され、「全日本軍の無条件降伏」等を求めた全13か条から成る日本への降伏要求の最終宣言なのです。日本はこれを1945年8月14日に受諾し、1945年9月2日、東京湾内に停泊する米戦艦ミズーリの甲板で日本政府全権重光葵と大本営(日本軍)全権梅津美治郎及び連合各国代表が宣言の条項の誠実な履行等を定めた降伏文書に調印し、即時発効され日本は敗戦に至ったのです。
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かくして占領下に置かれた日本は、6年後の1951年9月8日、サンフランシスコ講和条約締結で独立は回復したのですが、白井聡さんの言うところの<永続敗戦>が始まったのです。
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さて、カイロ・ポツダム両宣言や講和条約で、領土問題はどうなっているのかを見てみましょう。カイロ宣言では、『同盟国ノ目的ハ日本国ヨリ千九百十四年ノ第一次世界戦争ノ開始以後ニ於テ日本国tガ奪取シ又ハ占領シタル太平洋ニ於ケル一切ノ島嶼ヲ剥奪スルコト並ニ満洲、台湾及澎湖島ノ如キ日本国ガ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコトニ在リ』とされていて、ポツダム宣言で領土問題は、『.カイロ宣言の条項は履行されるべきであり、又日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られなければならない。』と宣言されているのです。そしてサンフランシスコ講和条約では・・・
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第二章 領域
第二条
(a)日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原  及び請求権を放棄する。
(b)日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(c)日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得し   た樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(d)日本国は、国際連盟の委任統治制度に関連するすべての権利、権原及び請求権を放棄し、且つ、以前に日本国の委任統治の下にあつた太平洋の諸島に信託統治制度を及ぼす千九百四十七年四月二日の国際連合安全保障理事会の行動を受諾する。
(e)日本国は、日本国民の活動に由来するか又は他に由来するかを問わず、南極地域のいずれの部分に対する権利若しくは権原又はいずれの部分に関する利益についても、すべての請求権を放棄する。
(f)日本国は、新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
第三条
  日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。
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カイロ宣言では、「台湾及澎湖島の如き日本国が清国人より盗取したる一切の地域を中華民国に返還すること」とあり、ポツダム宣言では、「カイロ宣言の条項は履行されるべき」とされていますし、サンフランシスコ講和条約では、「日本国は台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」とありますから、尖閣諸島が台湾に属していたのなら、台湾の領土ということになりますね。しかし、沖縄に属していたのなら、サンフランシスコ講和条約の第三条により、沖縄と共に米国の施政下におかれたが、1972年の沖縄返還協定により、返還され日本の領土ということになるのですね。

じゃあそれなら、元来台湾か沖縄か、どちらにに属していたのかをじっくり考えたいと思いますが、今回は長くなってきて私も些か疲れましたので、次回ということに致します。ではでは。

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