袖触れ合うも多生の縁295~敗戦記念日に因んで領土問題、尖閣諸島の領有を考えます。PARTⅠ

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前回はカイロ宣言・ポツダム宣言・サンフランシスコ講和条約について調べましたが、それを復唱してみましょう。
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カイロ宣言では、「台湾及澎湖島の如き日本国が清国人より盗取したる一切の地域を中華民国に返還すること」とあり、ポツダム宣言では、「カイロ宣言の条項は履行されるべき」とされていますし、サンフランシスコ講和条約では、「日本国は台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」とありますから、尖閣諸島が台湾に属していたのなら、台湾の領土ということになりますね。しかし、沖縄に属していたのなら、サンフランシスコ講和条約の第三条により、沖縄と共に米国の施政下におかれたが、1972年の沖縄返還協定により、返還され日本の領土ということになるのです。
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さて、尖閣諸島問題が日中間で深刻な事態に至る発端は、2010年9月7日に起こった中国漁船衝突事件ですが、このことはまだ記憶に新しいですよね。
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尖閣諸島近海で操業していた中国漁船に対して日本の海上保安庁巡視船が退去命令を発したところ、中国漁船は巡視艇に体当たりし衝突、日本側は漁船を拿捕、船長以下乗組員を逮捕したのです。中国側は「尖閣は中国領」との立場から不当逮捕と非難したが、菅首相を首班とする日本政府は、船長を日本の正式な司法プロセスに基づき処分する姿勢を表明したので、事態は一挙に深刻化したのです。中国政府は日中交流事業を次々と停止し、中国国内にいた建設会社フジタ社員4名を軍事管理区域の無断撮影容疑で逮捕し、更にレアアースの対日輸出差し止めるなど強硬手段に出たのです。では何故、中国政府は強行手段に打って出たのか?それは尖閣諸島問題は日中間で「棚上げ」が暗黙の合意となっていたからなのです。時は1972年、日中国交正常化交渉の時点に遡ります。
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この交渉の際、田中角栄首相(当時)が、「尖閣諸島について如何に思うや?」と発言した処、周恩来首相(当時)は「今これを話すのは良くない。この問題を議論すれば何日かかるか分かりませんよ。」と応答、問題を先送りし、棚上げしたのです。又1978年、日中国交正常化の際に来日した鄧小平副首相(当時)も、「中日国交正常化交渉の際も双方はこれに触れないことを約束した。今回の平和友好条約締結の際も同じくこれに触れないことで一致した。こういう問題は10年棚上げしてもかまわない。」との発言があり、改めて両国で確認されたのです。
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この約束にのっとり、小泉政権当時の2004年3月、中国人活動家が尖閣諸島に上陸したので、出入国管理法違反で逮捕したものの、正規の司法手続きを経ること無く強制退去処分としています。
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又これに遡ること7年、1997年11月に締結した日中漁業協定では、<中国国民に対して、当該水域において、漁業に関する自国の関係法令を適用しないとの意向を有している。>と、橋本龍太郎内閣の小渕恵三外務大臣(当時)が中国側全権大使に、協定但し書きを書き添えているのです。
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このような両国が相互に了解しあっていたのを知ってか知らずか、いや知っているのですが、外務省HPによると・・・

我が国の立場は一貫しており、中国との間で尖閣諸島に関する「棚上げ」について合意したという事実はありません。この点は、公開済みの外交記録等からも明らかです。

外交記録には、日本側も「棚上げしましょう」と発言した記録はないかも知れませんが、では周恩来さんや鄧小平さんが棚上げ発言した時、日本側は棚上げしないと拒否はしていないでしょうし、黙っていたのなら暗黙の了解ということになりはしませんかね。それに、小泉政権当時、中国人活動家が尖閣諸島に上陸し出入国管理法違反で逮捕したが正規の司法手続きを経ること無く強制退去処分としたことや日中漁業協定で小渕外務大臣(当時)が但し書きした事について外務省は何ら言及していないのです。そんな外務省の見解にのっとり、更に煽るように、2012年4月向こう見ずな極右ナショナリスト石原慎太郎東京都知事(当時)が、東京都の尖閣諸島購入を宣言したので、慌てふためいた無知蒙昧と言わざるを得ない(この問題だけ?)野田佳彦首相(当時)が、同年9月に尖閣諸島国有化を実行してしまったのです。嗚呼!!
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かくして中国各地で反日暴動が起き、中国艦船及び軍用機による領海・領空への侵入が毎日のように起こるという事態に至ったのです。いや、日本の尖閣諸島国有化に中国が硬化した裏には、いままで棚上げしていたが、尖閣諸島近海で石油資源埋蔵が判明した為だとの見方もありますが、それも含めて日中両国が尖閣諸島は自国の固有領土だと主張する根拠を冷静に見てみましょう。(下の写真は外務省HPより)
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先ず日本側は、外務省のHPで「尖閣諸島についての基本見解」で日本の立場を次のように示しています。

尖閣諸島が日本固有の領土であることは,歴史的にも国際法上も疑いのないところであり,現にわが国はこれを有効に支配しています。したがって,尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題はそもそも存在していません。第二次世界大戦後,日本の領土を法的に確定した1952年4月発効のサンフランシスコ平和条約において,尖閣諸島は,同条約第2条に基づきわが国が放棄した領土のうちには含まれず,第3条に基づき南西諸島の一部としてアメリカ合衆国の施政下に置かれ,1972年5月発効の琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(沖縄返還協定)によりわが国に施政権が返還された地域の中に含まれています。以上の事実は,わが国の領土としての尖閣諸島の地位を何よりも明瞭に示すものです。

このように日本側は領土主張の根拠をサンフランシスコ講和条約に求めていますが、これに対し中国側は、中華人民共和国はサンフランシスコ講和会議への代表派遣を連合国に拒否され(中国政府は政権交代し日本と戦った中華民国ではなく社会主義政権との理由で)ているのでこの条約を認めず、カイロ宣言に基づくボツダム宣言に領土的根拠を求めるべきとしているのです。そして日本が受理したボツダム宣言第8条は、「日本ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルヘシ」と定められていて、ポツダム宣言にはサンフランシスコ講和条約第3条の南西諸島云々に該当する条項は定められていません。又中国は、尖閣諸島は元来台湾に属しており、日清戦争を契機として台湾共々日本領土になったのであるから、カイロ宣言に「中国東北、台湾、澎湖群島など日本が窃取した領土は中国に返還させる」と定められているように、ポツダム宣言受諾時点に於いて中国の領土に返還されていると主張しているのです。(下の3葉の写真は日清戦争のもの)
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このように両国の言い分を見てみると、どちらもさもありなん・・・と私など思ってしまうのですが、尖閣諸島は台湾か沖縄かどちらに属していたのか、次回、じっくと見てみましょう。ではでは。

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