袖振れ合うも多生の縁356~妙好人(真宗の篤信者で最上至高の人)と言われた下駄職人の浅原才市さんについて~

才市の写真2.png
今回は、妙好人浅原才市(あさはらさいち)さんについてです。才市さんを書きたいと思った訳は、先日「風の集い」に参加したのですが、その時の集いについて、町田宗鳳師が、ブログで下記のようなことをお書きになっていたからです。

大阪の「風の集い」の懇親会で常連のお三方から、ユニークな「ありがとう禅」の実践方法を教えて頂きました。Aさんは毎朝四時半に起きて、近くの河岸で一時間あまりの「ありがとうウォーキング」を三年も続けておられます。大きな声を出すことがポイントらしく、体調も良く、心境も澄んできたそうです。Bさんは毎日のように近くのカラオケルームを500円(ドリンク付き)で貸し切り、大きな声で「ありがとう」と四句誓願を唱えているそうです。部屋を散らかすこともないので、店員さんに好感を持たれ、いつも大きな部屋を提供してもらえるようになったとのことです。Cさんは早朝から近くの公園の除草や掃除を毎日続けておられます。30年ぐらい継続する覚悟だそうですが、冬の寒い時期など大変なはずです。「継続は力なり」を実践しておられる三奇人は、まさに三貴人であり、私自身が大いに励まされます。ぜひ皆さんも、オリジナル「ありがとう禅」を編み出し、実践継続してみて下さい。浄土真宗の方で「妙好人(みょうこうにん)」というふうに呼ばれていた人たちがいるんですが、まあ大抵は学歴もなくて、地方の漁村や農村で目立たないでコツコツ働いていた、そういう市井(しせい)の人なんです。常にお坊さんの説法を聞いて、中には文字も読めない人もいましたからね。念仏の力を本当に信じて「ナムアミダブツナムアミダブツ」と日々に称えていた中で、非常に深い心境に入っていかれた方を妙好人と言うんです。

そして又、NHKのインタビュー「法然を語る」では・・・

町田: 妙好人と言われる浅原才市(あさはらさいち 1850-1932)は、島根県におられた下駄職人だったようです。この人のことをかって禅学者である鈴木大拙(すずきだいせつ)が大変注目しまして、『日本的霊性』という英語の本に、才市さんのことを紹介されて一躍世界に有名になったわけです。彼は下駄職人として常に鉋(かんな)で下駄を削って、その鉋屑に矢立で墨で自分の境地を書かれていたんですが、後になってそれは大学ノートに鉛筆で書き留めるようになって、それが膨大なノートとして残っているんです。そこから一つの詩を引用してみたいと思います。う。

“なむ仏はさいち(才市)が仏でさいちなり
さいちがさとりを開くなむぶつ
これをもろ(貰う)たがなむあみだぶつ

わしのこころは、あなたのこころ
あなたごころが、わたしのこころ
わしになるのが、あなたのこころ

わしが阿弥陀になるじゃない
阿弥陀の方からわしになる
なむあみだぶつ

才市どこが、浄土かい
ここが浄土の、なむあみだぶつ

(鈴木大拙『日本的霊性』所収「妙好人・浅原才市」から一部抜粋)”
日本的霊性2.jpg
町田: 素晴らしいですね。これは一介(いっかい)の市井の人が、ここまで深い境地に入ったというのは驚きですよ。「なむ仏はさいち(才市)が仏でさいちなり」と。ナムアミダブツを称えているうちに才市が仏になり、仏が才市になってしまう、ということですね。自分は本当に煩悩だらけの凡夫だけども、それが「ナムアミダブツ」と称えていくうちに、悟りを開いていく、と言っているんですね。「これをもろ(貰う)たがなむあみだぶつ」お念仏を自分は頂いている。阿弥陀様から直接頂いている。それを称えているうちに「わしのこころは、あなたのこころ」阿弥陀の心になっちゃって、「あなたごころが、わたしのこころ」あなたの心が私の心になっていく。これはなかなか言えないことですね。神仏と自分が一体になったところでしょう。特に神教的な世界では、神と人というのは断絶していて、そこで信仰という契約によって、やっと神と人間が繋がっていく。この断絶がキリスト教的な世界、イスラム教的な世界では非常に大事で、だからこそ信仰が必要なんですけれども、ここで才市が言っているのは、神仏と自分が入り交じって、まったく一つになっている、というところですね。

“わしになるのが、あなたのこころ
わしが阿弥陀になるじゃない
阿弥陀の方からわしになる
なむあみだぶつ”

才市自画像.jpg
町田: お念仏称えているうちに阿弥陀様がズカズカと私の心に入ってくる、と言っているわけですからね。これは凄いですよ。特殊な厳しい行をした人が、仏と一体感を味わうというんじゃなしに、一日当たり前の職業を持って汗水垂らして働いていた人が―もともと下駄職人になる前は、才市は船大工で漁船を作っていたわけですけれども、若い時は随分荒(すさ)んだ生活をしておられた極道者と言われていた人なんですけれども、ある時から本当にお念仏の世界に入って、こういう境地になられたというのは驚きで、最後に「才市どこが、浄土かい」と。極楽浄土というのはどこだ、と。死んでから行くとこか、ということを自ら問い掛けているんだけども、「ここが浄土の、なむあみだぶつ」と。まさに体にもいろいろ不自由があったり、経済的にも不自由があったり、壺中日月長いところに生きている自分のこの世界が浄土であると、高らかに宣言しているわけですからね。これは深いですよ。
「幸せ」というのは、遠くに求める必要はなく、高いところにないと思うんですよ。何か梯子を上って行って、学歴を積んだり、資産を積んだりして、やっと掴まえるのが私は幸せと思わないんです。幸せというのは、きっと低いところにある。誰でも拾い上げることができる。そこにあると思うんです。それを今の才市の詩も歌い上げていると思うんです。これは才市さんの場合は、お念仏を通じてあの境地にいかれましたけれども、現代という時代に生きる我々は、なかなかそういう宗教的な世界に入り込んでいくわけにはいかない。だけどもあれと同じくらいの境地になる、そういう責任というか、自分に対する責任、使命があるように思っているんです。
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又、宗鳳師は同じインタビーで「十牛図」について、「悟り」を象徴する「牛」を探し求めるのは、念仏とか瞑想とか座禅など修行でなくても、それぞれが営んでいる、あるいは営んできた道(仕事や趣味)と考えても良いのじゃないか・・・と仰っておられます。私なら書くことですよね。ま、私が書くことで悟りに至ったかどうかはさておき、才市さんについて一寸だけ調べてみました。
先ず読んだのは、水上努さんの「才市」です。
水上勉 才市1.jpg
水上努さんま「才市」は才市さんの故郷など足跡を探訪するルボで、才市さんの人生のあらましを知ることが出来ました。

才市の家.jpg才市の家2.jpg
才市の仕事場3.png
次は「仏教人生大学」という一般社団法人のHPなのですが、2014年8月の「今月の法語」に才市さんの言葉が取り上げられていて、就活中、いえ終活中である(?)ワタシは心ひかれたのです。その取り上げられ論じられている言葉は、「平生に臨終すんで 葬式すんで なむあみだぶつの中におる」なのであります。この言葉味は意味が何となく想像できるぐらいでしたが、船橋昭和浄苑支坊の加藤順節師の解説されているのを読み納得でした。それをシェアさせて頂きます。

才市さんは自分が老・病・死を迎えることを知りながら、思うように成らない苦悩から解放されませんでした。才市さんの持っている知識では老・病・死の苦悩を解決は出来なかったのです。何故かと言うと釈尊は、老・病・死は縁に因って起こる、「縁起」を説かれているのです。縁に因って起こるのですから、才市さんが得ている知識では通用しません。このことを知らないまま、しかも教えを聞くとことがなければ永遠に真理を知ることは出来ません。真理に暗いことを「無明(むみょう)」と言い、教えを聞く前の才市さんは「無明の闇の中にいた」のです。しかし福岡県万行寺の住職、七里(しちり)恒順(こうじゅん)師と出遇い、七里先生の教えを繰り返し聞法することにより、才市さんは真理を求めずにはおれない求道心が芽生え、阿弥陀仏の智慧の働きによって、無明の闇が崩壊されたのです。崩壊した闇は最早阿弥陀仏の智慧の働きに抵抗出来ず「葬られる」ことになります。これを才市さんは「葬儀の葬」ととらえたと思います。そして「葬儀の儀」とは、このことに気が付かず煩悩の欲するままに生きていたことで、老・病・死の苦悩を解決出来無い愚かな有様を「私儀(私のこと)」と自覚し、これを自覚する迄の仏事と仏縁を才市さん独自の解釈として「葬儀すんで」と言われたと思います。又「臨終(りんじゅう)すんで」の臨終の「臨」を辞書では「良く見える」。「終」とは「ついに」と言う意味ですから、才市さんの言う「臨終」とは医師が告げる死亡の意味では無く、「ついに才市は聞法によって、縁起のままにしか生きることが出来ないことが、良く見えるように成った」ことが才市さんの臨終であり、このことが死後では無く、平生であるから「平生に臨終すんで、葬式すんで」と言われたと思います。そして最後の「なむあみだぶつの中におる」とは、才市さんが縁起する命に身を任せて、今命が才市さんを生きていることに感謝出来るように成ったので、今まで無明の闇の中にいた才市さんが、今度は阿弥陀仏の働きの中いる。それを「なむあみだぶつのなかにおる」と言われたと思います。私はこの言葉こそ、仏教終活の内容であると気付かされたのです才市の像2.jpg
このように船橋昭さんは仰っています。でも「臨」という字に「良く見える」という意味があると書いておられますが、ホンマやろか?私は知りませんでしたので、手持ちの漢和辞典で調べてみますと・・・ありました!でも「良く見える」じゃなくて、「良く見る」なのです。「臣」とは、「目を見開いて俯く姿」であり、「品(ひん)」は「浜(ひん)で、つまり「臨」は「岸辺にのぞんで下を見おろす」意を示しているそうです。小さな蟹さんを見てるんでしょうか。それは兎も角才市さんは、「縁起の儘にしか生きることが出来ないことが、良く見えるように成った」のではなくて、「縁起の儘にしか生きることが出来ないことを、良く見るように成った」のではないでしょうか。悟りに到ったのではなく、鋭意努力中なのではないかと思います。それから「臨」の字を調べていて、私が面白いと思ったのは「臨」に易の64卦の一つである「地択臨」という意味があることなのです。
地択臨1.png
「地択臨」の卦は、<新しいことに臨む、新しい出発、運気が上昇していく希望の卦>なのだそうです。つまり「臨終」は医者が「ご臨終です」と告げるように、命の終わりに臨むことですが、命は終わりであっても、魂は永遠ですから、「臨終」希望あふれる新たな首途で、前途洋々たるものなのでしょう。このようにワタシの終活は、日々楽しく明るいもので、あの世も又楽し!であります。

















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