袖振れ合うも多生の縁356~妙好人(真宗の篤信者で最上至高の人)と言われた下駄職人の浅原才市さんについて~

才市の写真2.png
今回は、妙好人浅原才市(あさはらさいち)さんについてです。才市さんを書きたいと思った訳は、先日「風の集い」に参加したのですが、その時の集いについて、町田宗鳳師が、ブログで下記のようなことをお書きになっていたからです。

大阪の「風の集い」の懇親会で常連のお三方から、ユニークな「ありがとう禅」の実践方法を教えて頂きました。Aさんは毎朝四時半に起きて、近くの河岸で一時間あまりの「ありがとうウォーキング」を三年も続けておられます。大きな声を出すことがポイントらしく、体調も良く、心境も澄んできたそうです。Bさんは毎日のように近くのカラオケルームを500円(ドリンク付き)で貸し切り、大きな声で「ありがとう」と四句誓願を唱えているそうです。部屋を散らかすこともないので、店員さんに好感を持たれ、いつも大きな部屋を提供してもらえるようになったとのことです。Cさんは早朝から近くの公園の除草や掃除を毎日続けておられます。30年ぐらい継続する覚悟だそうですが、冬の寒い時期など大変なはずです。「継続は力なり」を実践しておられる三奇人は、まさに三貴人であり、私自身が大いに励まされます。ぜひ皆さんも、オリジナル「ありがとう禅」を編み出し、実践継続してみて下さい。浄土真宗の方で「妙好人(みょうこうにん)」というふうに呼ばれていた人たちがいるんですが、まあ大抵は学歴もなくて、地方の漁村や農村で目立たないでコツコツ働いていた、そういう市井(しせい)の人なんです。常にお坊さんの説法を聞いて、中には文字も読めない人もいましたからね。念仏の力を本当に信じて「ナムアミダブツナムアミダブツ」と日々に称えていた中で、非常に深い心境に入っていかれた方を妙好人と言うんです。

そして又、NHKのインタビュー「法然を語る」では・・・

町田: 妙好人と言われる浅原才市(あさはらさいち 1850-1932)は、島根県におられた下駄職人だったようです。この人のことをかって禅学者である鈴木大拙(すずきだいせつ)が大変注目しまして、『日本的霊性』という英語の本に、才市さんのことを紹介されて一躍世界に有名になったわけです。彼は下駄職人として常に鉋(かんな)で下駄を削って、その鉋屑に矢立で墨で自分の境地を書かれていたんですが、後になってそれは大学ノートに鉛筆で書き留めるようになって、それが膨大なノートとして残っているんです。そこから一つの詩を引用してみたいと思います。う。

“なむ仏はさいち(才市)が仏でさいちなり
さいちがさとりを開くなむぶつ
これをもろ(貰う)たがなむあみだぶつ

わしのこころは、あなたのこころ
あなたごころが、わたしのこころ
わしになるのが、あなたのこころ

わしが阿弥陀になるじゃない
阿弥陀の方からわしになる
なむあみだぶつ

才市どこが、浄土かい
ここが浄土の、なむあみだぶつ

(鈴木大拙『日本的霊性』所収「妙好人・浅原才市」から一部抜粋)”
日本的霊性2.jpg
町田: 素晴らしいですね。これは一介(いっかい)の市井の人が、ここまで深い境地に入ったというのは驚きですよ。「なむ仏はさいち(才市)が仏でさいちなり」と。ナムアミダブツを称えているうちに才市が仏になり、仏が才市になってしまう、ということですね。自分は本当に煩悩だらけの凡夫だけども、それが「ナムアミダブツ」と称えていくうちに、悟りを開いていく、と言っているんですね。「これをもろ(貰う)たがなむあみだぶつ」お念仏を自分は頂いている。阿弥陀様から直接頂いている。それを称えているうちに「わしのこころは、あなたのこころ」阿弥陀の心になっちゃって、「あなたごころが、わたしのこころ」あなたの心が私の心になっていく。これはなかなか言えないことですね。神仏と自分が一体になったところでしょう。特に神教的な世界では、神と人というのは断絶していて、そこで信仰という契約によって、やっと神と人間が繋がっていく。この断絶がキリスト教的な世界、イスラム教的な世界では非常に大事で、だからこそ信仰が必要なんですけれども、ここで才市が言っているのは、神仏と自分が入り交じって、まったく一つになっている、というところですね。

“わしになるのが、あなたのこころ
わしが阿弥陀になるじゃない
阿弥陀の方からわしになる
なむあみだぶつ”

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町田: お念仏称えているうちに阿弥陀様がズカズカと私の心に入ってくる、と言っているわけですからね。これは凄いですよ。特殊な厳しい行をした人が、仏と一体感を味わうというんじゃなしに、一日当たり前の職業を持って汗水垂らして働いていた人が―もともと下駄職人になる前は、才市は船大工で漁船を作っていたわけですけれども、若い時は随分荒(すさ)んだ生活をしておられた極道者と言われていた人なんですけれども、ある時から本当にお念仏の世界に入って、こういう境地になられたというのは驚きで、最後に「才市どこが、浄土かい」と。極楽浄土というのはどこだ、と。死んでから行くとこか、ということを自ら問い掛けているんだけども、「ここが浄土の、なむあみだぶつ」と。まさに体にもいろいろ不自由があったり、経済的にも不自由があったり、壺中日月長いところに生きている自分のこの世界が浄土であると、高らかに宣言しているわけですからね。これは深いですよ。
「幸せ」というのは、遠くに求める必要はなく、高いところにないと思うんですよ。何か梯子を上って行って、学歴を積んだり、資産を積んだりして、やっと掴まえるのが私は幸せと思わないんです。幸せというのは、きっと低いところにある。誰でも拾い上げることができる。そこにあると思うんです。それを今の才市の詩も歌い上げていると思うんです。これは才市さんの場合は、お念仏を通じてあの境地にいかれましたけれども、現代という時代に生きる我々は、なかなかそういう宗教的な世界に入り込んでいくわけにはいかない。だけどもあれと同じくらいの境地になる、そういう責任というか、自分に対する責任、使命があるように思っているんです。
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又、宗鳳師は同じインタビーで「十牛図」について、「悟り」を象徴する「牛」を探し求めるのは、念仏とか瞑想とか座禅など修行でなくても、それぞれが営んでいる、あるいは営んできた道(仕事や趣味)と考えても良いのじゃないか・・・と仰っておられます。私なら書くことですよね。ま、私が書くことで悟りに至ったかどうかはさておき、才市さんについて一寸だけ調べてみました。
先ず読んだのは、水上努さんの「才市」です。
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水上努さんま「才市」は才市さんの故郷など足跡を探訪するルボで、才市さんの人生のあらましを知ることが出来ました。

才市の家.jpg才市の家2.jpg
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次は「仏教人生大学」という一般社団法人のHPなのですが、2014年8月の「今月の法語」に才市さんの言葉が取り上げられていて、就活中、いえ終活中である(?)ワタシは心ひかれたのです。その取り上げられ論じられている言葉は、「平生に臨終すんで 葬式すんで なむあみだぶつの中におる」なのであります。この言葉味は意味が何となく想像できるぐらいでしたが、船橋昭和浄苑支坊の加藤順節師の解説されているのを読み納得でした。それをシェアさせて頂きます。

才市さんは自分が老・病・死を迎えることを知りながら、思うように成らない苦悩から解放されませんでした。才市さんの持っている知識では老・病・死の苦悩を解決は出来なかったのです。何故かと言うと釈尊は、老・病・死は縁に因って起こる、「縁起」を説かれているのです。縁に因って起こるのですから、才市さんが得ている知識では通用しません。このことを知らないまま、しかも教えを聞くとことがなければ永遠に真理を知ることは出来ません。真理に暗いことを「無明(むみょう)」と言い、教えを聞く前の才市さんは「無明の闇の中にいた」のです。しかし福岡県万行寺の住職、七里(しちり)恒順(こうじゅん)師と出遇い、七里先生の教えを繰り返し聞法することにより、才市さんは真理を求めずにはおれない求道心が芽生え、阿弥陀仏の智慧の働きによって、無明の闇が崩壊されたのです。崩壊した闇は最早阿弥陀仏の智慧の働きに抵抗出来ず「葬られる」ことになります。これを才市さんは「葬儀の葬」ととらえたと思います。そして「葬儀の儀」とは、このことに気が付かず煩悩の欲するままに生きていたことで、老・病・死の苦悩を解決出来無い愚かな有様を「私儀(私のこと)」と自覚し、これを自覚する迄の仏事と仏縁を才市さん独自の解釈として「葬儀すんで」と言われたと思います。又「臨終(りんじゅう)すんで」の臨終の「臨」を辞書では「良く見える」。「終」とは「ついに」と言う意味ですから、才市さんの言う「臨終」とは医師が告げる死亡の意味では無く、「ついに才市は聞法によって、縁起のままにしか生きることが出来ないことが、良く見えるように成った」ことが才市さんの臨終であり、このことが死後では無く、平生であるから「平生に臨終すんで、葬式すんで」と言われたと思います。そして最後の「なむあみだぶつの中におる」とは、才市さんが縁起する命に身を任せて、今命が才市さんを生きていることに感謝出来るように成ったので、今まで無明の闇の中にいた才市さんが、今度は阿弥陀仏の働きの中いる。それを「なむあみだぶつのなかにおる」と言われたと思います。私はこの言葉こそ、仏教終活の内容であると気付かされたのです才市の像2.jpg
このように船橋昭さんは仰っています。でも「臨」という字に「良く見える」という意味があると書いておられますが、ホンマやろか?私は知りませんでしたので、手持ちの漢和辞典で調べてみますと・・・ありました!でも「良く見える」じゃなくて、「良く見る」なのです。「臣」とは、「目を見開いて俯く姿」であり、「品(ひん)」は「浜(ひん)で、つまり「臨」は「岸辺にのぞんで下を見おろす」意を示しているそうです。小さな蟹さんを見てるんでしょうか。それは兎も角才市さんは、「縁起の儘にしか生きることが出来ないことが、良く見えるように成った」のではなくて、「縁起の儘にしか生きることが出来ないことを、良く見るように成った」のではないでしょうか。悟りに到ったのではなく、鋭意努力中なのではないかと思います。それから「臨」の字を調べていて、私が面白いと思ったのは「臨」に易の64卦の一つである「地択臨」という意味があることなのです。
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「地択臨」の卦は、<新しいことに臨む、新しい出発、運気が上昇していく希望の卦>なのだそうです。つまり「臨終」は医者が「ご臨終です」と告げるように、命の終わりに臨むことですが、命は終わりであっても、魂は永遠ですから、「臨終」希望あふれる新たな首途で、前途洋々たるものなのでしょう。このようにワタシの終活は、日々楽しく明るいもので、あの世も又楽し!であります。

















袖振れ合うも多生の縁355~「一遍聖絵」からお笑い芸人???さん主演の映画「一遍上人」まで!~

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今回も又々、二河白道図が登場です。ですが、町田宗鳳師の話ではなく、一遍上人(右下イラスト)についてなのであります。
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一遍上人は今から780年前の延応元年(1239)、伊予いよ(愛媛県松山市)の没落衰退した豪族河野家の次男として誕生しますが、10歳の時に母を亡くし、父の命を受けて天台宗の継教寺で出家し、法名随縁を名乗ります。
そして如何なる経緯からか不明ですが、13歳の時、善入という僧に連れられ太宰府に移り、法然の孫弟子に当たる聖達の下で10年以上にわたり、浄土宗の基礎的学問を学びます。太宰府は現在の私たちからすると西の鄙びた地のイメージですが、大宰府が置かれた筑紫の地は日本と大陸の接点に位置し、国内はもとより東アジア全体の動向を敏感に反映し、歴史上重要な役割を担っていたのです。この太宰府での体験を更に飛躍させんが為、聖達は彼に更なる浄土教の教学を学ばせようと、肥前国清水の華台のもとへ派遣し、華台は彼の法名を智真と改めさせたのです。

出家した最初の継教寺は天台でしたから、善入の計らいかせなければ、彼は遊行上人となっていなかったかもしれませんね。

こうして、浄土教学に邁進し続ける智真でしたが、弘長3年(1293年)、25歳の時に父の死をきっかけに還俗して伊予に帰ります。伊予での生活は、半僧半俗、つまり僧侶として勤行などはするけれども、日常生活は家族と共に過ごすというような暮らしをされていたようです。このような生活を8年続けたものの、一族の所領争いなど親族間のいざこざで、智真が何者かに襲われるわれるという事件が起き、この事件をきっかけに一念発起、32歳で再出家して故郷伊予を旅立つのです。
そして、最初に訪れたのは、信州(長野県長野市)の善光寺でした。
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「二河白道図」の意味は前回書きましたので省略致しますが、一遍上人は善光寺に参籠し、拝観した「二河白道図」にいたく感銘し、自ら模写しご自身の本尊となされたのです。そして、白い一筋の狭き道を往く人々と共に極楽浄土へ歩むことを堅く決意されたのです。
処で、先日と言っても半年ほど前になりますが、「二河白道図」を私は見たのであります。一遍上人がご本尊とされていた自筆の模写ではないのですが、京都国立博物館の特別展、時宗二祖上人700年御遠忌記念『国宝一遍聖絵と時宗の名宝』で鎌倉時代の作(重要文化財 島根・萬福寺蔵。写真下)をつぶさにとっくりと鑑賞させて頂きました。
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因みに時宗二祖とは、真教上人(しんきょうしょうにん 1237~1319 写真上)のことで、真教上人は、時宗を開かれた一遍上人が寺院を持たず全国各地を遊行し布教された後を受け、寺院を設け時宗を教団として大きく発展させた方なのです。
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京博の特別展は、重文「二河白道図」はじめ、奇石がそびえる伊予での修行図や熊野権現より神託を授かりし図、又上人臨終之図など一遍上人の生涯を描いた国宝『一遍聖絵(全12巻)』等、結構見応えがあり、時の過ぎゆくのを忘れて見入ったのであります。          
          <伊予で奇石によじ登っての修行図> 
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          <熊野権現より神託を授かりし図>
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             <那智の滝での修行>
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             <京は四條釈迦堂之図>
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              <踊らば踊れ図>
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              <一遍臨終之図>
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処で、時宗とは臨命終時宗、平生を常に命の終わりに臨む時(臨終の時)と心得る宗旨で、一遍上人を宗祖とし浄土宗から派生したものです。
一遍上人は貴族や高位の方々ではなく、貧しい農民や漁民たちに、虐げられた被差別民や癩者などにも念仏の意義を説き、寝食を共にし各地を遊行したことで知られています。ですから、上人崩御の場では、堰を切ったように貧民も癩者も一遍の亡骸のもとに押し寄せ歎き悲しみ、彼の後を追い入水自殺をするものまで現れたとか。彼らは上人と完全に結ばれ一心同体と信じ、死によって分かたれることなど考えられなかったのでしょう。これが仏教でいう真の結縁(けちえん)、「み仏と貧者の縁」なのです。
処で、救済される貧民が仏画に描かれていることはあったかもしれませんが、この臨終之図だけでなく、聖人と貧民が対等に描かれていることが、『一遍聖絵』や『一遍上人縁起絵』の特徴で、貧民が存在感をもって生き生きと描かれていますよね。

一遍の布教スタイルは日本各地を遊行(ゆぎょう。教えを説きながら歩く事)し、鉢や太鼓など楽器を打ち鳴らし阿弥陀仏の名号を、「南無阿弥陀仏」を唱え、賦算(ふさん。念仏札を配る事。下写真は左から一遍上人・真教上人・一鎮上人・託何上人・太空上人筆の賦算)するという行動様式です。
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このような布教スタイルは、京都国立博物館近くの六波羅蜜寺に保管されている、口から六体の阿弥陀仏が出ている《空也上人像》で知られている空也上人が元祖で、「空也上人はわが先達なり」と一遍上人は仰っておられます。ですから、この特別展の展示物冒頭に《空也上人像》が展示されていて、強烈なインパクトを放っていました!
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いゃあ、この立像、ほんまに強烈なインパクトがあり、暫し見惚れてしまいましたわ。

さて、空也上人について調べていると、『京都トリビア×Trivia in Kyoto』にこんな興味ある一文が・・・

空也上人が説いた念仏は民衆の間に広がり、多くの信者を集めるようになったのです。しかし、これを脅威に思った鎌倉幕府に、念仏は弾圧されることとなるのです。念仏を唱えるだけで、捕らえられてしまうために、唱えていることをわからないようにするにはどうすれば良いかと考えた空也上人は、普通に念仏を唱えるのではなく、踊り歩きながら鐘を叩いて念仏を唱えることを思いつきました。それが後に有名となる「空也踊躍念仏(くうやゆやくねんぶつ)」、いわゆる“踊念仏(おどりねんぶつ)”です。
「踊る」とあるので、飛び跳ねるように体を動かすように思われるかもしれませんが、そうではなく、一歩一歩、踏みしめるようにズシズシと地面を強く踏み歩きながら、念仏を唱えるやり方です。しかも、普通に「南無阿弥陀仏」と唱えるのではなく、念仏を“モウダ・ナンマイト”という隠語にして、わかりにくく唱えます。また、念仏というものは、普通は一度唱え出すと途中で止めてはいけないものなのだそうですが、踊念仏の最中に、万が一見つかることもあることを考えて、すぐに念仏を終わらせることができるような念仏になっていたのです。

こんな一文が記述されていたのです。<飛び跳ねるのではなく、ずしずしと地面を踏み歩く>や<念仏を隠語にして>など、ホンマなのでしょうか!? という訳で、Wikipediaにて「空也」を検索してみますと・・・

空也は平安時代中期の僧。阿弥陀聖、市聖、市上人と称される。口称念仏の祖、民間における浄土教の先駆者と評価される。空也流の念仏勧進聖は鎌倉仏教の浄土信仰を醸成したとされる。 踊り念仏、六斎念仏の開祖とも仰がれるが、史実を推定するに足る一次史料は少なく、空也自身
がいわゆる踊念仏を修したという確証はない。

『京都トリビア×Trivia in Kyoto』の上記記述は、どの資料に準拠されたものなのか、知りたいものです。

あ、そうそう、余談かも知れませんが、現在もお盆に行われる盆踊りはこの踊り念仏が元となっているとか。ご存じでしたか? ワタシは知りませんでした。
でも、いつの頃から踊るだけになり、阿弥陀様の名号を称えなくなったのでしょうか・・・誰かご存じの方がいらっしゃいましたら、教えて頂けると有り難いです。それから、下の写真は盆踊りではありません。一遍上人の遺徳ならびに偉業を顕彰する為、一遍の故郷伊予に創設された<一遍会>なる一遍研究会のパフォーマンス法要なのです。
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踊り且つ念仏を高唱するみなさんの脳裏は、念声一致で阿弥陀如来様が来迎され極楽浄土が浮かびあがっているのでしょうか。

話は一遍、いや一変し、映画の話題なんですが、あ、「一遍上人」の映画の話やから一変してないですね。
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チラシをご覧になって、一一遍上人を演ずる主演俳優さんは誰か、おわかりでしょうか? なな何と、キャイーンのウド鈴木さんなんですよ!
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ウド鈴木 一遍上人2.jpg
映画com.の解説をシェアさせて頂きます。

お笑いコンビ「キャイ~ン」のウド鈴木が映画初主演を果たし、鎌倉時代に各地で「踊り念仏」を行った時宗の開祖・一遍上人の姿を描くドラマ。監督は、「斜陽」「蜘蛛の糸」など文芸作品の映画化を多数手がけてきた秋原北胤(正俊)。「仏との結縁」を万人に説くため遊行を始めた一遍(ウド鈴木)は、妻や娘らとともに旅に出る。その途中に立ち寄ったとある武家屋敷で念仏を唱えていると、妻の超一(宮下今日子)が突然踊り始め、これをきっかけに一遍は「踊り念仏」を始める。鎌倉を目指して旅を続ける一遍はさまざまな人との出会いを果たしていくが……。

この映画は2012年製作でとっくの昔に公開されているのですが、ワタシは製作されたことしら知りませんでしたから、当然見ていないのですが、監督さんの発言されているのを読んでみますと、一遍上人と共に日本各地を渡り歩き、踊り念仏に狂う時衆をやって頂く大勢のエキストラさん達と村から町へ町から村へ、延々と続く撮影の旅をやりたいので、主演はとにかく旅の大好きな人をということでウドさんに白羽の矢を立てたとか。実際、ウドさんはエキストラさんたちと和気藹々、家族同然の旅を続けられたそうです。ですから、多分エネルギーあふれる踊り念仏のシーンが撮れているんじゃないでしょうか。是非見てみたい!と思っています。
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今回のブログの旅、結構長くなってきましたので、この辺で。ではでは。


袖振れ合うも多生の縁354~悟るということは、ただの人になることなのです!~

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唐突ですが、この絵は浄土教の教えを説く「二河白道図(にがびゃくどうず)」です。どのような教えなのか、PCのコトバンコクを検索してみますと・・・
<浄土教で阿弥陀仏の救いを説く比喩。火の河と水の河を人の貪欲と怒りにたとえ、この間にある白い道が極楽に通じる道で、往生を願う信心にたとえる>
と説明されていました。極楽往生を願う浄らかな信仰心を白い道に例えているのですね。ま、何となく分かるのですが、私は前回のブログで書かせて頂いた<風のつどい>の町田宗鳳師が、以前放映されたNHKの「心の時代 法然を語る」で仰っていたことの方がストンと納得出来たので、それを紹介させて貰いますが、このような訳で、今回も町田宗鳳師の話なのであります。
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さて、「こころの時代 法然を語る」の最終回「日々新た」、師はこのように仰っています。

浄土教の方に「二河白道(にがびゃくどう)」という非常に分かり易いたとえ話があって、一方には水の河があり、一方には炎の河があり、その中に一本の白い細い道が通って仏の世界に行くというお話なんです。私たちは劣等感という水の河、優越感という炎の河(火の河)、その両方に落ち得ることなく、本当に自分の進むべき道を真っ直ぐ進んでいく。それによってやっと彼岸に達する。彼岸に達するというのは、「ただの人になる」ということです。

師は又、「あなたを救う法然のことば」という著書で、このように書かれています。
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仏教には、「増上慢(ぞうじょうまん)」「卑下慢(ひげまん)」という2種類の慢心があると教えられています。前者は、自分が他人よりも偉いと思い込むことであり、後者は自分が他人よりも劣っていると思い込むことです。二つとも、エゴにこだわる者が陥る心の奢りなのです。

そうか、思い上がったり、へりくだり過ぎんと、ただの人になったらえゝえんや・・・そやけど、ただの人になるって、簡単なようで難しく、難しいようで簡単かも・・・。処で、師は同番組の5回目「念仏とは何か」で、西田幾多郎(写真下)の哲学概念のひとつについて述べておられます。
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「逆対応」、それはどういうことかと言えば、人間が小さければ小さいほど、エゴが小さくなればなるほど神の力が大きく現れてくるという。自分を小さくすればするほど、神の救いが大きく現れてくる、というのを、西田幾多郎は禅の実践者でしたから、禅の世界で言えば、自分が無になった時に、仏法というものは如実に現れてくる、と。そういう体験から彼が生み出した言葉だと思うんです。

成る程、この逆対応という仏法の真実をご理解されてない宗教者って結構多いですよね。ワタシの実家の旦那寺のお住持さんなんかも法事の時の説教が上から目線で、聴いててホンマしんどかったですわ。いやいや、お住持さんの悪口やなしに、他山の石とせなあきませんわな。

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そやけど、西田幾多郎さんて凄いですね。切手になってるし、漫画にも描かれてるんですね。よーし、漫画から西田哲学に入門してみるか・・・。

袖振れ合うも多生の縁353~50年来の朋を誘い、町田宗鳳師の『風の集い』で「ありがとう禅」に参禅してきました!~

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先週の土曜日、友人K君と『風のつどい』の「ありがとう禅」に参禅してきました。と言っても、御殿場にあるありがとう寺(写真上)ではなく、茨木市の茨木神社で開かれた集いなのですが。
この集いは、富士山麓の「ありがとう寺」なる無宗派寺院のご住職で、比較宗教学の学者さんで、日米の大学教授(現在はリタイアされ名誉教授)で、何十冊もの著書を上梓されている著述家で、尚かつ禅宗のお坊様で天台宗の大阿闍梨でもあられる町田宗鳳師が主催されているのです。
大体宗教的会合は、出来るだけ大勢の人たちを集め組織化しょうとするものが多いのですが、この「風の集い」は名前が示してるように、風の如く来て風の如く去るのが趣旨で、予約も住所氏名の登録も必要なしなのです。こんな会は珍しく、風来坊的なワタシにぴったしやと思てます。

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さて、左の写真はありがとう寺で瞑想修行に励むメエメエさんです。

お前、何言うてんねん、山羊がそないなことする訳ないやろ!?

いや、「風の集い」は最初に宗鳳師の法話と質疑応答があるのですが、その時の話をご披露します。

「うちの寺に来た山羊のめいちゃんは寝てる時以外、いつも黙々と口を動かし美味しそうに草を反芻してますが、これはまさに<食べる瞑想>だと思う。」

と宗鳳師はこう仰ったのです。
又、師はブログにこのように書かれておられます。

朝、護摩堂で木魚を打ちながら読経していると、「めいちゃん」がガラス越しに私の顔を見つめています。その光景を見ていると、人殺しをして平気な人間もいるのに、むしろヤギに仏性があるのではないかと思えてきます。禅の有名な公案に、「狗子(子犬)に仏性有りや無しや」というのがありますが、正解は「ヤギに仏性あり」でした。

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しかし、臨済宗妙心寺派福聚寺のご住職で芥川賞作家の玄侑宗久さんは・・・

「わが寺の愛犬(写真上)を見ていると、禅宗の坊さんよりずっと禅的な生き方をしてると思う。食べるものも毎日同じドッグフードなのに、いつも今日初めて食べるかのように新鮮な感覚で食べているし、散歩も毎日同じコースなのに日々是新た、初めての道のように喜んで歩いてるのを見ると、感動すら覚える。」

と何かの本に書かれていました。

ですから犬にも仏性はあるのでしょうね。いえ、生きとし生けるものすべて、仏性を持って生まれついている・・・ワタシはそう思うのであります。
さて、法話と質疑応答が終わると、休憩をはさんでいよいよ「ありがとう禅」ですが、その模様は以前、確か今年3月頃書きましたので割愛させて頂き、今回ワタシに起こった現象を書いておきます。
それは、参禅しておられる皆さんの声がF・Oし、やがて消えてしまい、その後自分の声も聞こえなくなってしまったのです! これってワタシの耳の錯覚なのか、それとも老化による難聴なのでしょうか・・・?
このことを禅が終わり、各人が感想を述べる時に申しますと、宗鳳師は、無音マイクのしくみと同じことが起こったのでしょう。と仰ったので、帰宅後一寸調べてみました。
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上の図は、無音マイクのノイズキャンセリングの仕組みを表したものですが、音は音波ですから、この音波に対して形がそのまま正反対の音波(逆位相という)をぶつけると、2つの音波は打ち消しあって消滅するのです。プラス1とマイナス1を足すとゼロになるようなもので、騒音の音波に対して、逆位相の音波を重ね合わせることで、騒音の音波を消してしまい、騒音を拾わないマイクになるというわけだそうです。
つまり皆さんの声の音波に対して、ワタシが逆位相の音波を出していたということなのです。このような現象は、私は毎朝大払えの祝詞を称える時、心に染みいるようでお気に入りであるクリスタルボウルの演奏CDをかけているのですが、CDから流れてくるクリスタルボウルのサウンドが消えてしまうことがあったので、これも同じ原理なのだ!と納得した次第です。(しかし、この現象と逆の共鳴が起きる時もあり、ワタシの声とクリスタルボウルの響きが共鳴・増幅し、快い波動に包まれることもあるのです)
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酒井知里さん2.jpgさて、私を癒してくれるクリスタルボウルは、ありがとう禅でも使われています。
クリスタルボウル演奏家の酒井知里さん(写真右)が要所々々で奏でて下さっているのですが、ありがとう禅の締め括りとして、師が菩薩を褒め称える言葉である偈(げ)というか、頌(じゅ)というか、有り難い詩句を称えて下さるのです。
私たちは黙してひたすら聴くのですが、師のおごそかにして暖かく又厳しいお声が、クリスタルボウルの神秘的な響きと相俟って、私たちはえも言えぬ荘厳な波動に包まれるのです!
この波動に包まれ、私は本当に参禅して良かったと思うのであります!

そうそう、リスタルボウル演奏家の酒井知里さんは、先日越前市で開かれた武生国際音楽祭に参加された由。この武生国際音楽祭は世界的名声のミュージシャンが集結し、超一流の演奏が奏でられたのですが、酒井さんは音楽祭の第二会場である天台宗寺院で、生け花に合わせ、サクソフォーン、笙、クリスタルボウルの三重奏にジョイントし、細川俊夫音楽監督をはじめ、多くの方々から絶賛の言葉を頂いたとか。(写真下は宗鳳師と酒井さん)
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最後に、「ありがとう禅」の根本理念を、師のHPからワタシなりにまとめさせて頂きます。

人間性の核心には真意識(魂・仏性・聖霊・インナーチャイルド)という光の塊がありますが、それを通すレンズ(潜在意識)が歪んだり、曇ったりしていれば、現実というスクリーン(潜在意識)に映し出される現象も激しく歪んでしまいます。 したがって潜在意識の歪みを是正し、それを磨いていけば、おのずから目の前に展開する現実が、穏やかで幸福感に満ちたものに変化してきます。
「ありがとう禅」は、只ひたすら「あ~」「り~」「が~」「と~」「う~」と反復発声するだけで潜在意識の干渉がなくなり、顕在意識と真意識が直結する「精神統合」が可能となる、「声の力」によるメモリー・クリーニングなのです。