袖振れ合うも多生の縁392~俳人正岡子規の号のひとつに野球というのがありますが、これは「やきゅう」でなく「のボール」と読むのです。~

マリアさま1.jpgプロ野球もやっと始まり、関西の糾弾はセパともに前代未聞とも言うべき惨憺たる有様ですが、それはさておき、先日いしいしんじさんの「マリアさま」を読みました。
いしいしんじさんは京都在住で、坪田譲治文学賞や織田作之助賞、河合隼雄物語賞などを受賞されているユニークな作家さんで、ワタシは結構ファンなんです。
処で、いしいさんの小学生の息子ひとひクンは、クレージーケンバンドのボーカル横山剣さんの熱烈ファンだそうです。それでひとひクンの誕生日祝いに、お父さんのしんじさんが親友である剣さんに連絡したところ、剣さんは押っ取り刀で駆けつけてくれ、ひとひクンは狂喜乱舞したとか。
普通息子の誕生日会に、剣さんのようなビッグシンガーに声をかけたりしませんわな。いしいしんじさんは、そんな風変わりな一面のある方のようです。いしいしんじさん1.jpg
さて、下の写真は俳人の正岡子規ですが、「マリアさま」に一寸面白いことが書いてありました。正岡子規1.jpg
それはミニSFで、野球大好き人間だった正岡子規が、現在のプロ野球を観戦するシーンなんです。ピッチャーの投げた球に「何という速さだ!」とたまげ、「あんなでは、棒(バット)に当たるまい。いやはや、退屈な試合になりそうだ」と嘆くのです。
明治時代の野球.jpg
と言いますのは、明治初期も投手はみな下手投げで、打者のリクエストに応じて、高め、真ん中、低めを投げ分けていたとか。気持ちよく打たせてアウトを取るのが、良い投手の条件だったそうです。こんな投手が良いピッチャーなら、マエケンもマーくんも、ど下手や・・・と言われるのでしょうね。
処で、正岡子規は本名が升(のぼる)だったので、野球(やきゅうでなくて、のボール)という雅号を使っていたこともあったとか。子規の像にもバットを持っている姿のがけっこうあるようですから、ホンマに好きやったんですね。
正岡子規像2.jpg
子規は野球という号を使っていたことがあるので、ベースボールを野球と訳したのは正岡子規と思われているようですが、さにあらず。ベースボールを「野球」と訳したのは旧制一高OBの中馬庚であり、「野球」がはじめて活字になったのは、明治28年(1895)の『一高野球部史』(中馬庚著)の由。ワタシは遠い昔、野球少年だったので、昔日を懐かしく思い出した次第です。
ではでは、今回はこの辺で。
今日こそ、タイガースもオリックスも頑張ってや! いや、雨で試合せんほうがええかもね・・・

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