袖振れ合うも多生の縁390~Do You 能? レバノンから来た能楽師の妻、素晴らしき新作能をサポート!~

レバノンと言えば、何かニュースで聞いたことがあるような・・・えーと、何やったかな? あ、そうそう、元日産会長のカルロス・ゴーンさんが逃亡した国ですよね。
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それはさておき、内戦の勃発し続けているシリアの隣国が、レバノンなんです。このレバノンもシリア同様内戦が繰り広げられており、そんなレバノンから日本にやってきて、しかもお能の観世流シテ方、梅若猶彦さんの奥方になられた方がいらっしゃいます。

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ご覧の写真がそのお方、梅若マドレーヌさんですが、マドレーヌさんの書かれた『レバノンから来た能楽師の妻』で彼女のことを知りました。

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2014年2月18日の日本経済新聞朝刊にマドレーヌさんについての記事が掲載されているのでシェアさせて頂きますと・・・
Do you 能?
世界に発信
能楽師の外国人妻、
欧米・アジアで公演や
イベント企画
梅若マドレーヌ
室町時代からの能の歴史で初めての外国人妻として観世流シテ方の夫、梅若猶彦を支えて30年余り。内戦を逃れて祖国レバノンから来日、結婚後は海外公演やイベント制作を通して能の魅力を世界に発信している。

戦火避けレバノンから
ベイルートで1958年に生まれた。
今はほとんど撤退しているが、当時は日本企業の中東における拠点都市で、40社ほどが進出していた。73年には姉が日本人の元駐在銀行員と結婚して日本で暮らし始めていた。
レバノンで内戦が起きたのが75年。激化する戦闘を避けるために翌年、姉を頼って17歳で兵庫県に移り住んだ。神戸市のインターナショナルスクール、カナディアン・アカデミーに入学。そこで同級だったのが同い年の猶彦だ。14歳で父の梅若猶義を亡くし、母親の方針で同校に入った日本人生徒第1号だった。
日本の古典芸能の中では能に面白さを感じてはいたが、猶彦と高校時代に特別親しくなることもなく、コンピューターサイエンスを学ぶため英国の大学に進学。米国の大学院を経て81年、再び来日して大阪大学大学院に入った。再会した猶彦は伯父の二世梅若万三郎のもとで修業を重ねていた。交際を始めて83年に結婚することとなった。
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前代未聞の国際結婚
能の世界で前代未聞の国際結婚。日本人でも敬遠するくらい厳しい伝統の世界だ。しかし夫は「心配ない」と断言し、結婚に際して和服の着付けを習わせたり、能楽師夫人としての作法を教えたりはしなかった。
とはいえ実際にこの世界に足を踏み入れてみると、驚くことは多かった。楽屋では夫の後を歩く。和室ではひざまずいてお辞儀をする。夫の和服をたたむ――。一部の能楽師とそのご夫人から注意を受けることもあったが、夫は「うちの問題だから」と言って私には何もさせなかった。
周囲からは「1年もたない」などと言われたが、自分なりにできることは身に付けた。日本語を改めて勉強し、和服もなるべく着るようにした。84年に生まれた長女ソラヤが3歳で初舞台を踏んだころは、和服に身を包んで楽屋で奮闘していた。
子供に衣装を着せる.jpgしかし次第に、自分が能楽師の妻としてできることは日本語を話すことや和服を着ることではないのではないかと考えるようになった。
能の魅力を外国の人々にも知らせたいと思い、在日大使館を通して外国人を招待する催しを始めた。レバノンの家族からは「大学院まで行ったのに」と言われたが、その経歴を捨ててでも能の魅力を広め、日本人には自国の文化に自信を持ってほしいと思って取り組んだ。そうして続けた公演が功を奏して、外国政府から海外公演を開くよう声が掛かるようになる。

ローマ法王臨席で舞台
忘れられないのは88年、バチカン宮殿内の謁見(えっけん)の間で当時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世臨席の舞台を実現したことだ。上演したのは夫の母校の上智大学で教授を務める門脇佳吉神父が創作した能「イエズスの洗礼」。私のアドバイスも加味して完成した。戦時中に俳優や脚本家としてポーランドの地下演劇を担っていたという法王は熱心にご覧くださり、キリストの物語が能の舞台に現れたことについて「(日本におけるキリスト教の)聖なる土着化である」と喜んでいただいた。
また91年から4年間は夫がロンドン大学の誘いで客員研究員となり一家で英国に移り住んだ。英国内だけでなく近隣の欧州各国で簡単な公演やレクチャーの機会を設けることもあった。
9.11の1カ月後に予定されたニューヨーク公演も思い出深い。上演を諦めかけたとき、当時のジュリアーニ市長から「芸術は屈してはいけない。やるべきだ」とメッセージをもらい、予定通り実現した。
英国留学の縁で夫は後に同大学ロイヤルハロウェー校演劇学部の客員教授に就任。また現在は静岡文化芸術大学教授のほかフィリピン大学国際研究センターの客員教授も務め、欧米やアジアに能の魅力を伝えている。

能舞台や教壇に立つのは夫だが、二人三脚で能の新たなチャレンジを進めてきた。国内外の方々が私に「あなたの努力のおかげで能が受け入れやすいものになった。ありがとう」と声をかけてくださる。がんばってきた甲斐があった。
伝統的な能はもちろん大好きだ。しかし私たちはより親しみやすい新しい能の世界を、若い人たちと一緒にもっと作っていきたい。

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又、日本語で読むアラビアニュースに、ダイアナ・ファラーさんなる方がマドレーヌさんについてこんな記事を載せておられます。
アラビアニュース.png
岩波新書より発売されたばかりの『レバノンから来た能楽師の妻』の著者、マドレーヌ・ジャリル・梅若氏は、レバノンから逃れ来日した後の自身の「人は己の困難に打ち勝つことができ、己を見つけることができる」ことを読者に示したいと考え自伝を書いたと話す。(中略)
梅若氏は約600年の歴史のある家系、梅若猶彦氏との結婚がきっかけでその伝統の世界に入っていった。能楽は日本伝統の舞劇で、コンテンポラリーダンスのような動きと歌を通して物語を演じる。
能の話のあらすじは大抵の場合、歴史や文学が題材である。
「この600年の伝統を持つ能楽は保守的な世界に適応するだけでなく、国内の外国人コミュニティーと海外に能を広めなくてはならなかった」と著者は話す。また、梅若氏は、夫と子供たちと共にレバノンで新作能を3つをプロデュースしたことにも言及した。(後略)

同著の読後、彼女がプロデュースした新作能について調べてみましたが、いゃあ、とても面白そうで、上演される機会が有れば是非観たい!と強く思った次第です。ですから、そんな新作能の一端をご紹介させて頂きます。

国際交流基金企画制作舞台作品『リア』
リア2.jpg 演出 シンガポールのオン・ケンセン。脚本 日本の岸田理生。
インドネシア・シンガポール・タイ・中国・マレーシア・日本など、各国の出演者及びスタッフ達逸材が結集!

リア3.jpgシェークスピア「リア王」の王と娘の構図を借りるも、長女に父を殺させ、女性側から父権性を鋭く描く。リアに能の梅若猶彦、長女に京劇の江其虎。

リア4.jpg次女にタイの現代舞踊家ピーラモン・チョムダワット。
リアの世界に侵入し掻き乱す女には片桐はいりなど、異色で多彩な才能を結集させた。

又、音楽にはシンガポールのワールド・ミュージックの旗手マーク・チャン。
振付にはインドネシア・コンテポラリー・ダンスの精鋭ボーイ・ワサクティ。
小道具には小竹信節など、創作スタッフも個性溢れるメンバーとなった。
1995年9月からまる2年をかけて制作され、97年9月に日本初演、99年1月~2月にアジア・豪州ツァー、同年6~7月に欧州ツァーを敢行した。各地でおおいにメディアを沸かせ、欧州では、文化・芸術を専門とするテレビ・ネットワークARTEによって数カ国で全編放映された。(国際交流基金HPより要約)
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能とブラジルコルデル文学にテクノロジーを融合させた創造的マルチメディア現代能『地獄の門を叩く男』
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ブラジル民衆詩「コルデル文学」を題材にした現代能「地獄の門を叩く男」は、両国の伝統文化の交流を促進しようという企画で、ブラジル伝統のコルデル文学は恋愛から英雄、社会風刺などさまざまテーマがあり、ランピオンという盗賊の物語は特に人気だとか。
20世紀の詩人ジョゼ・パシェコが著した「ランピオンの地獄訪問」が今回の現代能の原作で、悪事の末に処刑されたランピオンは、地獄入りをサタンに拒まれる。黄金色の能衣装をまとった梅若猶彦さんが演じるランピオンは、「悪人の自分がどうして地獄に行けないのか!」とばかりに戸惑いつつ怒り、ついに地獄を焼き払う。その抑制された端正な舞いが、盗賊の激しく憤怒する心中を伝えたそうです。
〝静〟の能に対し、ランピオンと対するサタンの兵士たちは〝動〟で応じ、空手家の中町美希、ブラジル格闘技「カポエリスタ」の森陽子が登場し、突きや蹴りといった攻撃の型を軽やかに演武されます。
お囃子はサンバのリズム楽器の演奏。
舞台装置として最新鋭のプロジェクターが使われ、光と影が織りなす幽玄の世界をつくり出し、芸術のあらゆる破天荒な遊びが展開される遊戯場のようだとか。最後は「Opa(オーパ)!」(ブラジルの言葉で「あらまあ」との意味)、笑みがこぼれる大団円を迎える。
演出・脚本の梅若ソラヤ(猶彦とマドレーヌの長女)さんはじめ出演者やスタッフに、観客から祝福の拍手が両国の観客から浴びせかけられたそうです。(47文化プログラムHPより要約)

SUAC×SPAC連携シンポジウム公演現代劇『イタリアンレストラン』                       
(SUACは静岡文化芸術大学、SPACは静岡舞台芸術センターの略)

『イタリアンレストラン』は、能のシテ役者であり文芸大の教授でもある梅若猶彦の作・演出である。
「現代劇」と付けているのは、能のシテによる作・演出というと、能作品かと間違う人もいるかも・・・という配慮から。

物語;
大文字マリコという名の能楽師、名は女性のようだが男で、大文字は能楽の様式に心身とも呑み込まれ、生と死の境界に生きている。
能では一般的にシテは既に死んだ者で、この世に残した何らかがある為、亡霊となって現れる。
ワキは僧等の役が多く、亡霊の思いを聴いてやり、弔って彼をあの世に送る。
大文字は、常に能面(般若)を被っていて、もう何年も不眠生活を送っており、食も水も摂らないで生きている。つまり、生と死の境界に生きているのである。そんな大文字はある日、長野県野尻湖畔の超高級イタリアンレストラン「ベリビーヨストラスブルク」に行く。女主も客も風変わりな人物ばかり。
大文字はそこでひっそりともの静かな女性と出会い、一緒に食事をする。食事をすると言っても、大文字は面を被っているから、実際はステーキをナイフで切って口迄運んでも食べる事はできない、ワインも飲む事はできない。

彼女とは不思議に気が合い、映画を観るなどデートを重ねるようになり、遂に肉体関係も結ぶ。その最中も大文字は面を被ったままである。
ある日も同じレストランで遅い時間に食事を楽しんでいるうちに、彼女はトイレに立ったまま、いくら待っても帰ってこない。 奇妙に思った大文字は、店の女主に訊く。すると、あなたはいつも1人でここに来ていて、同伴者などいた事はない、との返事が返ってくる。
彼女と昔アパートで同居していた女性の許に、警察が訪ねて来て、行方不明だった同居女性の焼死体が発見されたというエピソードが挟まれる。
大文字は、一緒にいた女性はどうしたのか、彼女は何だったのか、困惑する。
最後に大文字は赤いワインを実際に呑む。すると、それはまるで血のように喉元を流れ、厳粛な音楽の中、彼は意識を失い倒れ死に至る。大文字の死は何故か、幸福に満ちているように見えた。
生死定まらぬ境界の上に生きてきたが、やっと死という安定した涯に落ち着く事ができたのである。彼は能シテ役者を生き、そしてそのシテの役柄通りに死んだのである。
(ソーシャル・ネットワーキング・サービス mixi より要約)
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食事中の夫妻1.jpg
  
パリ日本文化会館公演創作能『オンディスーヌの呪い』

「私は呼吸生理学者として長年呼吸の研究を行って来ました。呼吸と心の関係を見出してからは呼吸の美しさを表現したい!と思うようになり、呼吸と情動の繋がりを芸術美として魅せる為に、新作能「オンディーヌ」を創作しました。」(本間生夫)

(筆者注:中枢性無呼吸症候群は別名、「オンディーヌ」と呼ばれています)

泉の世界の妖精オンディーヌは、人間の世界の男に恋をし、泉の世界の王の忠告も聞かず、その男ハンスと結ばれる。
王は、もしその男がオンディーヌを裏切ると死ぬ、という呪いをかけた。

二人はしばらく、愛し合って暮らすが、あるときハンスはオンディーヌを裏切り、ハンスは呪いによって死んでしまう。
物語は、ここから始まる。時が過ぎ、人間の世界に降りたオンディーヌは老女となり、森の中、泉のほとりの苫屋でひとり、ハンスを思い続けていた。
オンディーヌは純粋なただひとつの魂(息)をもつ、心優しい妖精である。
オンディーヌを心配する泉の王は、オンディーヌのためにハンスをこの世に甦らせる。
但し、再びオンディーヌを裏切ると、ハンスの息は止まり、オンディーヌからハンスの記憶がすべて失われるという呪いをかけて・・・。(「本間生夫の呼吸ワールド」を要約)

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他にも色々あるのですが、この辺にしておきましょう。みなさんはどの作品をご覧になりたいですか? ワタシはやはり『イタリアンレストラン』ですね。と言いますのは・・・いや、再演されるのを待ち、感激してから又ブログに取り上げさせて頂きたいと思います。
ではでは。

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