袖触れ合うも多生の縁192 ~高野山に基督教ネストリウス派の記念碑があるのを知ってましたか!?~

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先日、暑気払いと現在執筆中の作品の取材をかねて高野山に行ってきました。
高野山は海抜900メートルの高い峰々の上にある33万坪の大盆地で、少しは涼しかったです。因みに高野山という名の山はなく、高野山とはこの辺り一帯の地名だそうです。
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この地は弘仁7年(816年)に空海が真言密教の根本道場として開創なされたのですが、現在この地に住まいする僧侶の人数は1000人以上にも及ぶとか。
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天と地に朝な夕な読経の声が響き、生きとし生けるものの命癒すこの地は、流石に俗世間と些か異なるように感じられたのは私の思い過ごしでしょうか。jま、それは兎も角、私が今日訪れたのは真言密教に触れる為ではなく、奥の院に向かう参道に景教碑があるのを直に見たかったからなのです。景教碑とは、中国の唐時代、都の長安に景教(ネストリウス派キリスト教)が大いに広まり、その盛況ぶりを記した石碑、<大秦景教流行中国碑>が建てられ、そのレプリカが高野山にあるというので、ほんまかいな? 確かに空海は長安に留学僧として派遣され、景教に触れ学んだかも知れない!これは是非々々この目で確かめなければ・・・と宝塚の里山の麓から遙々やって来たのです。色んな高野山案内図を見ても景教碑がどこにあるか書いてませんが、南海ツーリストの高野山マップにはありました、ブラボー!
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案内マップを頼りにこのような雰囲気のある参道を行けども行けども見つからない・・・あれ、あれは武田信玄供養塔や。ちゅうことは通り過ぎてもた・・・Uターンして戻る途中岐れ路があり、ひそりした裏道のような道を戻って行くとありました!
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これが大秦景教流行中国碑なんです。いえ、正しくはレプリカなんです。下の写真が本物なんです。
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ところでこのレプリカを造り、この地に建てたのは空海ではなく、エリザベス・ゴルドンさんというイギリスの女性です。
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ゴルドン夫人は1851年英国の名門生まれで、ビクトリア女王に女官として仕えていましたが、キリスト教と仏教は根本的に同一であるとの説を立て、その研究のため中国・朝鮮で調査した後、明治末期に来日し日本に住み着くに至り、日本で亡くなられたのです。ゴルドン女史は空海が長安で景教を学んだに相違ないと確信し、空海の眠る足下にとレプリカを建て、ご自分も景教碑レプリカの隣でひっそりと眠っておられるのです。
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ひっそり眠っておられると書きましたが、高野山を訪れる大勢の方達も景教碑のことやゴルドン女史のことはご存じないのか、前の道を通る人もまばらでした。でも、その方が静かに安らかに眠ることが出来るかも知れませんね。
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景教碑とゴルドン女史のお墓にお別れをし、<大師いまだにおわします>という大師入定留身の地、弘法大師御廟に向かいましたが、その話は又次回に。
ではでは。

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