袖触れ合うも多生の縁207 ~女優古田里美さんと若木志帆さん!~

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ご覧の写真は上2つが古田里美さんで、下2つは若木志帆さんです。
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古田さんには、昨春のBAT公演 夢幻太閤記 『あの世のことは夢のまた夢』 に出演して頂き知り合いましたが、この2年の間に彼女のお芝居を都合6本も見る機会がありました。このように古田さんは真紅組(あかぐみ)だけでなく色んなところからオファーが来る売れっ子の名優なんです。夢幻太閤記で古田さんは秀吉の正妻寧々役を演じて貰ったのですが、台本を書いた私としては寧々は他の役に比べて見せ所が少な目で、充分描き切ったとは言えず不本意でした。しかし立ち稽古を見た時、古田さんの寧々に感動したのです。台詞もなくト書きも何も書いていない処で、そっと秀吉に寄り添い秀吉を思いやる様が寧々そのものでした。その日の稽古が終わるのを待ちかね稽古半ばの小休止の時、「古田さん、寧々を台本より良い役に膨らませてくれてホンマにほんまに有り難う!」と声を掛けました。感謝せずにはお礼を言わずにはいられなかったのです。それが彼女のお芝居の第一印象でした。稽古が終わってスタッフと呑んでると、その場にいたスタッフみんなが、「古田さんてスゴイで!」「オレ、又あの人と芝居やりたい!」等と口々に褒めそやしていました。私はさもありなん!と心密かに嬉しく思った次第です。
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一方若木さんは、上の横長写真で彼女を取り囲んでいるメンバーの様子から見てもお判りになるように、彼女は歌劇出身なのです。若木さんと出逢ったのは今から28年前私が40半ばでした。彼女はOSK日本歌劇学校2年目の研究科生で、踊りも歌も芝居も達者な三拍子揃った首席なのに一番歳が若く、芸名でなく本名の福田佳子さんでした。私は25才からOSKで演出をさせて貰っていましたが、この頃やっと時間がとれるようになり、歌劇学校の演劇講師に就任し、最初の生徒さんが福田さん達だったのです。そうそう、その頃OSKの次期トップを争っていた麻美ゆうさんに授業のサポートとして来て貰ったことが一度ありました。歌劇学校はあやめ池円形大劇場の裏にあり、麻美さんは私が作・演出をしたラブ・ファンタジー『愛のサラダ記念日』に出演していたのです。「サラタ記念日」は当時ヒットしていた俵万智さんの短歌集を基に構成した作品で、その中のお芝居のワンシーンを演劇の授業のテキストとして使っていたのです。麻美さんを授業に引っ張ってくるのに、「大柄な娘役であなたの相手役にぴったしの子がいる!」と口説いたのです。これは今だから言えることですが・・・。
さて、授業に来た麻美さんは福田さんのことを結構気に入っていたようですが、残念ながらこのコンビは実現しませんでした。ま、ご縁が無かったということでしょうね。それは兎も角、若木さんは、私のOSK最後の作品 2003年OSK日本歌劇団存続の会公演、忠臣蔵コラボレーション「生きてこそ春に花! ~大石内蔵助とJ・S・バッハ~」に出演してくれています。私はこの作品でOSKからリタイアし、スペイン村の演出などを経て、BATを設立するのですが、そのBATの最新作に古田さんに出演して頂いているのです。このようにクロスして私と袖触れ合ったお二人が、先日真紅組番外公演 team Dolls「8人の女たち」で同じ舞台に立たれていました。
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OSKのOG達は色々な場所で歌ったり踊ったりしていますか、若木さんはこのお芝居のように歌うこともなく踊ることもないストレートプレイに数多く出演されていますし、古田さんはお芝居は無論のこと、真紅組公演「おしてるや」では日舞も披露するなど、三者三様、いえ二者二様ですが、私が袖触れ合ったお二人同士も袖触れ合ったのが何とも嬉しく、二人の他6人の女優さん達もなかなかの芸達者で、あっという間の1時間50分でした。お疲れ様でした。ではでは。
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