袖振れ合うも多生の縁344~比叡山延暦寺に詣で、古(いにしえ)を偲びたかったのですが・・・~

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比叡山は滋賀県と京都府の県境に聳えているので、叡山へのルートは京都からと大津からとがあり、ケーブルやロープウェーなどを楽しむのも良いのでしょうが、私は乗り換えの労を省き京都駅烏丸口からドライブバスに乗り、眼下に見下ろす琵琶湖の雄大な眺めを楽しんだのであります。
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さて、比叡山は東塔(とうどう)地域、西塔(さいとう)地域、横川(よかわ)地域と3塔の地域に分けられ、これらの聡称が比叡山延暦寺なのです。
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寺社巡り.comに依りますと、東塔の中心的お堂は根本中堂、;西塔は釈迦堂、横川は横川中堂であり、3エリアの中でも中心地となっているのは根本中堂のある東塔で、比叡山が初めての方はまずはここを目指しましょう。とご親切に書いて下さっているのですが、天の邪鬼なワタシは山内シャトルバスで、先ず3塔地域ではない「峰道」に行ったのです。
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ご覧の写真は峰道駐車場で、小さく見えているのは天台宗開祖の伝教大師尊像ですが、それはさておき、今回私の叡山行きのメインイベントは法然上人の修行なされた西塔別所黒谷青龍寺参拝で、青龍寺への黒谷道は峰道から徒歩30分なのです。
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写真を見、こんな黒谷道なら大したことないわ・・・と思っていたのですが、一寸したハプニングがあり、少々パニくってしまったのであります。ま、このトラブルや青龍寺については次回ということにしましょう。この青龍寺は浄土宗の知恩院が管理している処なので、比叡山延暦寺は天台宗ですから、最澄大師に敬意を払い延暦寺から書くことに致します。青龍寺を参拝後、峰道に戻りシャトメバスで横川へ。
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横川地域は慈覚大師円仁さんによって開かれ、源信さん、親鸞さん、日蓮さん、道元さんなど後に名僧と言われるようになられた方達が修行されたそうです。横川は3塔の中で一番北エリアに在り、なんだか鄙びた感じで修行に集中できそうな趣きでしたね。
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この横川中堂は遣唐使船をモデルにした舞台造りで、横から眺めると船が浮かんでいるような姿に見えました。(下の写真は正面から見た姿です)

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横川中堂の他、元三大師堂や恵心堂などがありますが、割愛させて頂き西塔へ。
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西塔地域は杉木立に囲まれ小鳥のさえずりなどが心和ませる静寂境で、ゆるやかな階を降りると、比叡山最古の転法輪堂(ご本尊の釈迦如来に因み釈迦堂と言われている)がおわしました。
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釈迦堂の横に法然上人の修行なされた青龍寺への道があり、往時は法然さんもこの道を行き来なされたのでしょうか。
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お次は最後に真打ち登場で東塔地域です。
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西塔からシャトルバスでバスセンたーへ、センターから巡拝受付を通るとすぐ国宝殿がありましたが、諸堂巡拝券の裏をふと目にすると、伝教大師のお言葉が書かれていました。

「国宝とは何物ぞ、宝とは道心なり、道心ある人を名づけて国宝となす。(後略)」

とありましたので、国宝殿に道心ある人間国宝は祀られていないだろうと思い、スルーして根本中堂へ急ぎましたが・・・。
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いや、建物は国宝で廻廊は国重要文化財だけのことはあって素晴らしい!・・・と思いたかったのですが、思えなかったのであります。なんで?かと言うと・・・
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大改修中でした。残念!しかし、改修工事中でも入れたので、足場の金具越しの隙間より、ご本尊薬師如来の御前で1200年灯り続けている不滅の法灯を覗き見出来たのですが、下の写真のような神秘的な雰囲気は見られませんでした。
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厳かな雰囲気は感じられなかったものの、織田信長の兵火で延暦寺が消失した時も分灯してあった山形県山形市山寺の立石寺の火を移し、絶えることなく灯され続けている不滅の法灯は紛れもなく灯されておりましたから、由とすべきなのでしょう。
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大修理中の根本中堂を出ると、嘗て信長の兵たちと僧兵が戦を繰り広げた俤はさらさらなく、東塔が西から差す眩い陽光に照り輝いておりました。

ではでは、次回は法然上人が修行なされた黒谷青龍寺について蘊蓄を傾けたいと思います。

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