袖振れ合うも多生の縁397~怪優山内圭哉さんって、いゃあメチャ個性溢れてますよね!~

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この方か怪優山内圭哉(やまうちたかや)さんですが、いゃあ、まさに怪優というにふさわしい容貌ですよね。でも、ツンツルテンのスキンヘッドやない写真を見てみますと・・・
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この通り、結構イケメンじゃないですか!? 前回取り上げさせて頂いた小芝風花さんが出演されていた2015年のNHK朝ドラ『あさが来た』にこの山内さんも出演なさっていたのです。

大番頭雁助.png
ほら、この通りで~す。『あさが来た』をワタシは毎日見ていました。なんで見てたかと言いますと、以前一緒にラジオ番組をやっていた笑福亭銀瓶さんからメールが来て、「出演してるんやけど、いつ出てるかわからへん」というので、毎日見なしゃあなかったんですわ。それで、以前も書きましたが、吉岡里穂さんとか清原果耶さんには注目していたんですが、この大番頭さんについてはそない気にしていませんでした。そやけど、昨年見た吉高由里子さん主演の『知らなくていいコト』で週刊イーストの特集班デスク黒川正彦役(冒頭の写真)をやってたのが、とても印象に残ったのです。というのは、吉高さんや他のメンバーと違って、ひとりだけアクのメチャ濃い関西弁でまくしたてていたのです。こら関西出身やないとでけへんわと思い、身近に感じたのかも。という訳で山内さんについて検索してみますと、『日々思うこと』なるサイトに、彼の経歴が載っていましたので、シェアさせて頂きます。

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お名前は山内圭哉さん
1971年10月31日生まれ 46歳
大阪府大阪市出身
血液型はAB型でかに座

なんと子役さんから活躍されていました!
デビュー作は「瀬戸内少年野球団」(写真右)
かの大女優、夏目雅子さん主演の映画です!
江坂タイガースで両親を亡くした級長足柄竜太役という重要な役で出演しています。

そして、夏目雅子さんと一緒に入浴シーンを撮影したことがあったそうです!

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それからワタシが、「え!?」と思ったのは、山内圭哉さんが幼少期からアカデミー児童劇団で役者としてのキャリアをスタートさせたと書かれていたことなのです!

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と言いますのは、彼が関西で老舗のアカデミー児童劇団に在籍していた頃、ワタシはその劇団に脚本を数本書いているので、彼はワタシの作品にも出演していたのでしょう。そしてアカデミーの児童劇団を退団した後、中島らもさん主宰の笑殺軍団リリパットアーミーに入団し、中心メンバーの1人として活躍したとか。その劇団公演、1993年の『天下御免の馬侍-紅葉城奇談-』か1994年の『桃天紅~烈風之拳~』(写真下)に出演し、僧正を演じてからスキンヘッドになったとか。すると22~23歳の頃からずっとスキンヘッドなんですね。

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そのリリパットアーミー主催の中島らもさんは、ワタシの中・高の10年後輩で、何かご縁があるような無いような・・・。
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それは兎も角、『日々思うこと』サイトによりますと、この「桃天紅」は、中島らもさんが山内圭哉さんに初めて書き下ろした(?)そうで、そのような経緯からか、彼は中島らも氏を師匠と思っていたとか。しかし山内さんは、リリパットアーミーを1999年に退団してしまいます。
少し寄り道かも知れませんが、リリパットアーミー設立の経緯は、Wikipediaによりますと・・・

ある日芝居を見た中島らもがあまりのつまらなさに怒り「こんなつまらないものを見せられるのならいっそ自分で芝居を始めよう」と自ら劇団の設立を計画し、時を同じくして劇団設立を計画しながらウェイトレスをしていた若木え芙(えふ)を中島がスカウトし「上下関係を廃した劇団、今までに無い芝居をする」と宣言し旗揚げした由。
当初の劇団員は、「駆け足が出来ない男」「母音しか発音できない男」「逆立ちができない男」の他に、稽古に遅刻、稽古がある事すら忘れる、本番もすっぽかすなど日常茶飯事で、酒盛りを始める、台本を無視してアドリブを連発する、など芝居の体をなしていない集団であったが、わかぎの罵倒や悪態、怒声と鉄拳制裁でかろうじて芝居の形を成し、ナンセンスなギャグを盛り込んだ芝居は劇団の知名度を徐々に上げていき、出演者にギャラが出る珍しい劇団となったのだ。
しかし、わざわざ芝居を見に来る客に暗い話は書きたくないと悲劇的な物語やドラマツルギーのある芝居を嫌い、ナンセンスギャグにこだわっていた中島と、人情モノを好み、起承転結のある芝居らしい芝居を目指したわかぎとの間でズレが生じ始め、副座長のわかぎが劇団を切り盛りし、芝居も舞台も徐々に巨大化した劇団内では規律と上下関係が出来上がり、実質座長が二人居る形となったのです。
そして、その頃の中島は、長期のトランキライザ服用による著しい心身の衰弱と躁鬱病によるトラブルが続いていた上、芝居に対する情熱も冷め、出演する舞台上ではチョイ役とほぼ客演扱いになり、1996年名誉座長から平座員に格下げとなってしまいます。

山内さんは中島派だったようで、そんな混沌とした状況の劇団から退団されたのでしょう。
その後、2001年に吉本興業の演劇集団『Piper』に加入(当時のメンバーは川下大洋と後藤ひろひ)、2002年に自身のプロデュースユニット『wat mayhem』を立ち上げ、『The Jizz Monks』(1993年 -)、『hate77』(2005年 -) 及び『人々』(2016年 -)など、 バンドの一員としてライブ活動も行っているのです。

バンドの山内1.png
山内圭哉6.jpg
そして2011年に、「桃天紅 ~烈風之拳~」を再演されています。

舞台「東天紅」1.jpg
しかも、亡き中島らもさんの娘、中島さなえさんを脚色にむかえ、満を持して再演されたとか。晩年不遇の内に不慮の死を迎えた、中島らもさんを追悼する為の再演だったように、ワタシには思えます。
いゃぁ、魁偉な容貌に似合わぬ(?)情に厚い方なんですね。怪優山内圭哉さんの今後の魁偉ぶりを、益々ウオッチングしたいワタシなのです。


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